小説 川崎サイト

 

春の海


 春になるとやって来る友人がいる。学生時代からの付き合いだが、この男だけは別枠となっている。つまり、倉橋と作田だけの関係で、他の友人を交えたことはない。
「いるか」
 今年も春の訪れと共に友がやって来た。しかしもう中年を遙かに過ぎている。来るたびに倉橋は作田は年を取ったなと思うのだが、自分も取っている。
「さて、今年なんだがね」
 いつものように春からの予定を語り出した。これは年中行事なので、聞く必要はないが、一応儀式なので、受けないといけない。これは礼儀。
「思い付かない」
 今年はないようだ。しっかりと準備してから来ればいいものを、最近何もない年がたまにある。やることが尽きてきたのだろう。
「君はあるかい」
 問われた倉橋にもない。これはもうかなり長い間ない。しかし、作田が来るまでの間、いろいろと考えはする。しっかりと言えるように。しかし、作田も何もない年があるので、もう気にすることはない。
「それで就職先は」
「障子会社に洒落で入ったんだが、あれは斜陽だね。もう職人が出る幕などないが、張り替えなどがたまにある。まあ僕はそこまで技術はないから、間に合わない人間となり、世を去ったよ」
「大袈裟な。そんなの誰でもできるんじゃないの」
「いや、結構難しい。仕事としてするのならね。それに紙も上等なので、張り替えにくい。それに年季を積まないと建具職人は勤まらない。君はどうなの」
「僕は出版社を始めていたんだが」
「去年の春はそんな凄いこと言わなかったじゃないか」
「夏頃から始めたのでね」
 つまりこの二人、最近は春に一度合うだけの関係になっていた。
「凄いじゃないか、出版社を経営しているのか」
「電書だけどね」
「なんだ」
「まあ、冬まで持たなかったよ。売れないんだからね」
「あ、そう。その話はもういいから、次だよ次」
「お互いにもうないようだね」
「中古カメラ転売がいけそうだったけど、カメラのこと、あまり知らないから、途中で分からなくなって、中断した」
「要するに、人の口車に乗ると失敗する。あまり話題になっていないものがいいと思うよ。既にあるものは、もう最初にやった奴が先へ進んでいるからね、追いつけないよ」
「能書きはいいから、今年はどうする」
 二人ともないので、何ともならない。
「しかしだ。いつまでこんなことをしているんだ」
 作田は反省会に入り出した。
「倉橋君、君もそろそろ足を洗え」
「あ、そうだスタンプ付きだけど外国の切手が大量にあるんだ」
「だから、スタンプ付きだと二束三文。誰が買うか」
「良いデザインのがあるんだけどねえ」
「切手は小学生高学年で卒業した」
「そうか」
「だから倉橋君、僕らはそろそろカタギにならないと」
「堅気の仕事をずっとしてるよ」
「通信教育でマネージメントを教えるのがそうかね」
「ああ、あれは昔の話だ」
「やはりコンビニバイトにでも出るべきだよ」
「いるねえ、僕らのようなタイプの奴が深夜店番している」
「いるいる」
「しかし、あれはきついよ」
「そうだね。それに趣味に合わないし」
「そういうことばかり言ってるから正業に就けないんだよ」
「違う。最初から就く気などない。僕は自治国だ」
「はいはい」
 今年は反省会というより、愚痴で終わったようだ。
 こうして社会人になれず、成仏しない人間が春先、飛び始めるのだが、彼ら二人はもう年をとりすぎてしまったようで絵にならない。
 
   了
 


 


2019年3月10日

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