小説 川崎サイト

 

時代アート


「最近は古きを訪ねています」
「古代文明ですか」
「いえ、そこまで古くはありません。私が生きていた時代なので」
「じゃ、最近とは言えませんが、そんなに古い話じゃない」
「そうです」
「それで何か」
「少し前の方が進んでいる技術などあるのです。まあ、廃れた技術なんでしょうが、必要がなくなれば、そこで終わるんでしょうねえ」
「ほう」
「少し前の本などもそうです。今の作者が書いたものなどはそれに比べると軽い軽い」
「ほう」
「一生費やした研究の本。こういうのは今は無理でしょ。まあ、その人の頭の中には、それに関する知識がぐっと詰まっている。おそらく日本中、いや世界中で一番それに詳しい人になっていたりします。そういう人が書いた一冊だけの本。こういうのがいいのです。だから古きを訪ねるだけの意味があります」
「確かに戦時中の零戦など、分解して調べても、その秘密が分からなかったとか、最近聞きましたが」
「まあ、その後、プロペラの戦闘機など開発してませんからね。だから途切れたのと同じなので、昔の人の方が詳しい」
「はい」
「建物もそうでしょ。ただの住宅、民家でも手の込んだことをしている。ノコギリやカンナ、ノミなどを使う大工も減ったでしょ」
「まあ、しかしそれに代わるもっと早くできて安くすむようになっていいじゃありませんか」
「それはもっともな話です。雨露凌げれば、それでいいのですから」
「そうでしょ」
「しかし、失われた技術、廃れて誰ももう作れなくなったもの、そういったものを見ておりますと、芸術鑑賞になりますよ」
「そうですね。趣味の問題ですよね」
「その趣味もですねえ、上質な趣味がよろしいかと」
「最近の趣味は趣味が悪いと」
「奥行きや拡がりがねえ、もっと欲しいのですよ。それだけの物で終わらないで、他のことでも通底するようなね」
「はあ。あなたは趣味人でいらっしゃる」
「いやいや、そんな高貴な趣味は持っていませんよ。ただ本物の凄さに触れると、ぐっときますねえ」
「いい鑑賞眼を持っておられる」
「いや、そんな眼識などなくても、見たり触れたりすればすぐに分かりますよ。これは何だろうと思うことで、何となく知識も増えていきます。それを知るのに必要だからです」
「現代アートについてどう思われます」
「いきなりそんなことを聞かれても分かりません。それに詳しく知りませんし」
「軽い感想で結構です」
「本物の職人さんに対するコンプレックスでしょうなあ」
「違うと思いますが」
「あなた、もしかして現代アートの人ですかな」
「そうです」
「ああ、ご苦労なことで」
 
   了



 


2019年3月25日

小説 川崎サイト