小説 川崎サイト

 

古きを訪ねて


「古きを訪ねています」
「どのような」
「それが今回は失敗しました。がっかりです」
「事情がよく分かりませんが」
「話すのも嫌なほど」
「あなた、確か、今のものよりも古いものの方がいいものが沢山あると以前言ってませんでした」
「言ってました。しかし、今考えての昔の記憶なのではありません」
「まあ、昔に思っていたことですね。今じゃなく」
「そうです。うんと昔に思っていたことです。しかし、今の頭で考えるにしても、やはり古い記憶のままです。だから本当に今、直接感じたことではないので、実際に接してみると、がっくりとなりました。こんなものだったのかとね」
「よく分かりませんが」
「小学校の頃、もの凄く立派な上級生がいました。立派すぎて、もう大人のようです。ところが、でもよく考えますと、たかだか小学生。もし私がその時代にワープして、その立派な少年、大人びた少年を見たとき、大したことはないと思うでしょ。相手は子供なんですからね」
「それはそうですねえ」
「小学生の頃、背が高かった同級生と、その後、高校で一緒になりましたが、縮んでいました。中学になってから、それほど背が伸びなかったのでしょうねえ。あ、この例はふさわしくありませんね。関係のない話です」
「はい」
「だから、昔思っていた昔と、今の感覚で見る昔とは違うのでしょうねえ。ただ、その昔、一度もそれから見ていない場合、昔の印象しかありませんから、そのままですがね。ですけど考えれば分かることですよ」
「それで、今回は失敗したと」
「そうです。昔あれほどいいものだったのに、昨日それに久しぶりに接したのですが、ちゃちなものでした。それで見るんじゃなかったと後悔しましたよ」
「よくあることですよ」
「しかし、今よりも優れているものがあるのです。今見ても、それは優れており、今は、それはないとかね。だから昔を訪ねているのです。そういうのと遭遇するはずなので」
「はい、ご苦労様」
「昔、凄いものだと思っていたのに、いま見ると大したことがなかったとなると、やはりショックですよ。まあ、半ば分かっていたのですがね」
「そういうのをお仕事に活かされているわけですね」
「いいえ、していません」
「あ、そうですか」
「ただ、見て歩くだけで、鑑賞です」
「じゃ、実用性はないと」
「ああ、そこは意外な面がありましてね」
「はい」
「実用性がないので、凄いままのものがあるのです」
「ありますか、そんなものが」
「価値基準がはっきりしていませんので、これは曖昧なままのイメージ物なので、判断は個人個人の感性に掛かってきます。だからそういう部類なら、古いものの方がいいのが一杯あるのです」
「ほう」
「しかし、実用性がないのでねえ」
「なるほど」
「まあ、そのうち古きものから凄いのを釣り上げますよ」
「それは楽しみですね」
「はい」
 
   了


 


2019年3月26日

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