小説 川崎サイト

 

超常現象座談会


 妖怪博士は雑誌主催の座談会に出た。超常現象についての議論だが、結局挨拶で自己紹介をしただけで、一言も発しなかった。司会が悪いのだろう。だが、その司会者、妖怪博士担当のいつもの編集者。敢えて妖怪博士に振らなかったのかもしれない。それがどういう意味なのかは知らない方がいいだろう。
 終わった後、すぐに解散になり、打ち上げも何もない。予算がないためだろう。主催者側の二人は消えるように逃げ去った。そのため、あの編集者と挨拶すらできなかった。
 置き去りにされた超常現象研究家達は、自分たちで打ち上げをすることにし、どの居酒屋がいいかと話し合いになった。
 妖怪博士は、そういうのは苦手なので、帰ることにしたが、もう一人、打ち上げに参加しない人がおり、帰りの路線も同じなので、その駅へと一緒に歩いた。
 この人もほとんど話しに加わらなかった人で、妖怪博士と似ている。そういう場が好きではないらしい。
 心霊研究が専門と紹介されていたので、妖怪とは関係が深い。また妖怪博士は幽霊博士と呼ばれる若き研究家を知っていた。合うたびに心霊には関わるなと忠告している。
「大下さんでしたか」
「はい、妖怪博士」
「今日はご苦労様でした。お疲れでしょ」
「聞いているだけだと、余計に疲れますよ」
「心霊が専門とか」
「いやいや、実は物理学が専門です」
「ほう」
「超物理学ですがね。これはもう幽霊に近くなりますよ」
「ああ、そうですか」
 妖怪博士は話すのが嫌いではない。ただ、座談会とか複数の人間を相手にするのが苦手らしい。座談会ではなく、対談タイプだ。この大下も、そうなのかもしれない。
 この二人、悪い気がしないのか、居酒屋ではなく、駅近くの喫茶店に寄ることにした。ただ、喫煙できる喫茶店を探すのに時間がかかった。駅裏の汚い路地にあるボロボロの店だが、ここは吸えるようだった。
 婆ちゃんのウェイトレスがおしぼりとお冷やを持って現れた。昔からある喫茶店のようだ。
「幽霊はどうなのですかな。いますか」
「います」
「科学的見地から見てもですか」
「そうです」
「まあ、色々と目撃談がありますからねえ。見た人や感じた人は多い。だからやはりいるのでしょうなあ」
「そうです」
「超常現象というより、日常化していたりしますね」
「妖怪はいますか」
「いません」
「あ、そうですか」
「幽霊が見える人と、見えない人がいますが、どうしてでしょうねえ」
「見えない世界の人でしょ」
「はあ」
「世界は、その人が作っているのです」
「ほほう」
「だから、キャラとして幽霊が出る世界と、出ない世界があります」
「なるほど」
 妖怪博士は適当に頷いた。議論する気はない。
「この世界を見ている人は一人です」
 ここから、難解になる。
「その一人のために世界があるのです」
 妖怪博士は、それがどの方向かと探っているとき目玉が泳いだ。
「もっといいますと、見せられているのです」
「はあ」
 妖怪博士はついて行けない。
「ものがそこにあるように見え、触ると手触りがあるように感じているだけ。全て実体のないバーチャルなのですよ」
 かなり、間を飛ばしている。
「幽霊だけじゃなく、今、こうして見ている世界も、実は幽霊のようなものなのです」
「ほう」
「そういう観点からすると、幽霊でも物怪でも何でもありですよ」
 妖怪博士は降参した。
「今日はこのへんにします。また機会があれば、お話ししますが」
「はい、またお願いします」
 あの編集者は、こんな人も呼んでいたのだ。そして彼にも振らなかった。
 しかし、妖怪博士にも振られなかった。ということはあの編集者から見ると、同類ということだ。
「私達は同じ穴のムジナなのですなあ」
「え、妖怪ですか」
「いや、何でもありません」
「じゃ、僕はこれで失礼します。ひと言も喋れなかったので、出すものを出してすっきりしました」
「はいはい」
 年下の大下が伝票を掴んだので、妖怪博士は割り勘を提案した。これはすぐに通った。
 しかし、レジには誰もおらず、すみませんすみませんと何度も呼んだが返事がない。
 本当に、ここに喫茶店があったのだろうか。いや、現にその中にいるではないか。
 かなりしてから水洗の音が聞こえ、婆ちゃんが出てきた。
 婆ちゃんはバーチャルではなかった。
 
   了
 



2019年3月28日

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