小説 川崎サイト

 

春うらら


 森永は春になれば始めようとしていたのだが、季候がよくなると、身体も頭もリラックスするのか、緊張感がなくなり、何かをやろうという気が失せてしまった。
 新年もそうで、年が改まったときスタートを切ると決めていたのだが、寝正月で終わったので、スタートに覇気がない。そのあと真冬を迎え、気持ちは閉じた。その雨戸を開け、窓を開けても寒くない春を迎えたのだが、気持ちは開放的になるものの、頭は春うらら。緊張感、緊迫感、危機感、そういったものが緩くなっただけ。それで、スタートが切れない。
 マラソンならスタートした瞬間から歩いているようなもの。
 流石にこれではいけないと森永は思うものの、真剣ではない。うららかなときに考えることなので、そんなものだろう。
 こういうとき、仲間を訪ねるのが森永の流儀。そんな流派はなく、高度な知的技術でも何でもない。
「いるか」
「ああ、森永君。やはり来たね」
「春だからね」
「平日の真っ昼間から来られるのだから、相変わらずだね」
「そういう君も、部屋にいるじゃないか」
「それを見に来たんだろ」
「まあ、そうだけど」
「安心していいよ。寝たきり青年だから」
「本当に病気になるよ」
「もうなってる」
「あ、そう」
「要するに、立て直したいわけでしょ」
「表向きはね」
「立派な社会人になる気なら、ここには来ないよ」
「そうだね。しかし、何とかしたい」
「そりゃ僕だってそうさ」
「春は駄目だねえ。眠くて」
「うんうん」
 こうして、頷き合うからいけないのだ。
「社会人は無理だけど、個人でできる何かを探しているんだ」
「何をやっても、個人がやることでしょ」
「そうだけど、一人でやるということ」
「ああ、一人でね。まあ、誰だって結局は一人だよ。仕事に行っても、その中の一人であることにかわりはないし」
「だから、一人でできる仕事。これを探している」
「まあ、それを考えるだけで疲れるよ」
「一人でできて、やりがいのあること」
「贅沢な」
「そうだ、これがやりたかったんだと思えるようなことで」
「ないない」
「君も考えたんだろ」
「考えたけど、あれも夢、これも夢で終わったよ」
「駄目じゃないか、終わらせちゃ」
「そのてん森永君は立派だね。まだいろいろと考えて実行しようとしている。僕より勝っている」
「そんなの低レベルでの競い合いだろ」
「結局なんだろうねえ」
「怠けたいだけだよ」
「ああ、それを言っちゃあ駄目だよ。それは社会に出たとき、絶対に言ってはいけない希望だよ」
「怠けることに怠ければいいんだ」
「え、よく分からないよ。状態が」
「怠けようとするのを怠けるんだ」
「うう、掴めない」
「怠け心を起こさなければ全て上手く行く」
「それは分かるけど、楽をしたい」
「それは怠けないで懸命にやったから得られる成果だよ。いい結果が出て楽になる」
「あ、楽にならなくてもいいから、しんどいのがいやなだけ」
「まあ、その話は何度もしたから、もう繰り返すのはよそう」
「そうだね。議論し尽くしたからね」
「それでだ」
「何か、まだあるの」
「運だよ。運」
「運に頼るか」
「世の中、どんな偶然が待っているのか分からない」
「可能性としてはあるねえ」
「それまで、寝ていりゃいいんだよ」
「果報は寝て待てというからね」
「しかし、それは怠けていては、やってこないでしょ」
「そうだったか」
「地道にやりながら、機会を待つという意味だよ」
「地道か」
「そう、真面目にね」
「タナボタはどうかな」
「寝ているとき、棚からぼた餅が落ちてくるか。これはいいねえ。何もしなくてもいいんだから」
 この二人のミーティングは過去何度もやっているのだが、今回はタナボタで同意を得た。
 森永は春うららの中、安心して頭もうららのまま引き上げた。
 友達を選ぶべきだろう。
 
   了

 



2019年3月30日

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