小説 川崎サイト



桃栗三年

川崎ゆきお



「とりあえず、スタートしてみましょう。あとは成り行きに合わせて考えればいいでしょ」
「そんな簡単なことでいいんですか?」
「最初の一歩は簡単です」
「その一歩は簡単でも二歩目、三歩目になると苦しくなる。それが分かっているのにスタートできん」
「そのあたりまでは簡単ですよ」
「じゃあ、十歩目は?」
「九歩目を通過できれば、十歩目も簡単なんです。最初の一歩と同じ感じで、次に進めますよ。最初から十歩目をやるとなると苦しいですけどね」
「ものになるのは何歩目からじゃ?」
「五十歩百歩と、言われるように五十歩目からでしょうか」
「その五十歩目に達するにはどれぐらいかかる?」
「大凡三年でしょうか」
「まさか、桃栗三年柿八年の喩えじゃないだろうね」
「三年は一区切りです。三日、三カ月、三年。まあ、そういう周期があるのでしょうね」
「三年は長い」
「すぐですよ。三年前のこと、思い出してみてください。あっと言う間でしょ」
「それはそうだが」
「考えておられる間に三年経ちますよ。だから、とりあえずスタートしてみてはいかがですか?」
「三年後、ものになるといってもどの程度だ?」
「通用します」
「それだけでは駄目だ。一線に並んだだけじゃないか。難しいのはそれからじゃないのか?」
「おっしゃる通りです。でも、それはその時、また考えればいいことです」
「つまり、結果は保証できないということだね」
「今のままなら、成功する可能性もありませんよ」
「失敗する可能性もないということだ。その三年を無駄にすることもない」
「では、他に有力なものがありますか。これはあなたの希望なんですよ」
「それもそうだが」
「三年はすぐです。その間の一歩一歩は難しいものではありません。誰にでもできることです」
「要するに三年の辛抱が価値を生むというのか?」
「よく分かっていらっしゃる」
「しかし、君を呼んだのは、そんな当たり前のことを聞きたいんじゃない。三年ではなく、三日。長くてひと月で可能にならないかだ」
「そのコースもありますよ。でも元手が必要ですよ。三年分の苦行を買うわけですからね。三日ではなく、この場で手に入ります」
 男はビジネスバックからパンフレットを取り出した。
「最初から、これを売るつもりだったんだろ」
 
   了
 
 
 


          2007年6月30日
 

 

 

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