小説 川崎サイト

 

近江坂の山賊


 近江坂近くに山賊の根城がある。これはよく知られていることで、そんなものはすぐさま掃討すればいいのだが、数が多い。一寸した攻防戦になる。砦というほどではないが、それなりに構えがあり、種子島も持っている。
 藩内にあることから藩兵を動かせばいいのだが、多くの怪我人が出ることが分かっているので、誰も言い出せない。そのためか殿様にも伝わっていない。そんなものはいないものとして扱っているためだ。
 近江坂は商人がよく通る。そのため、荷の多い大商人は護衛を付けている。山賊も、そんなものが付くと面倒なので襲わない。旅人はその隊商のような列に加わり、一緒に近江坂を通る。これで人数がさらに多くなり、山賊に襲われることは先ずない。
 一人でぽつりと通るような行商人などは襲わない。あまり金を持っていないためだ。
 藩が山賊掃討に出ないのは、金がないこともある。実際に山賊とやり合うのは藩士ではなく、有志達だ。これに支払う金がない。
 この藩は豪商から金を借りており、その豪商から何度も山賊掃討を言われているが、曖昧なまま。
 そして相変わらず近江坂で襲われる人が続く。追い剥ぎが多いのだが、どうも山賊ではないらしい。山賊のなりをした連中がやっている。
 さて、肝心の山賊だが、この近くでは仕事をしないようだ。あくまでも隠れ家で、最後に逃げ込む場所。普段はもっと遠くで稼いでいる。
 藩もそれが分かっているので、触らないようにしているのだろう。山賊騒ぎは彼らではないことも分かっている。規模が小さすぎるのだ。
 何も知らない殿様が、お忍びで遠出したとき、この山麓に入り込んでしまった。自然が豊かで、鳥や獣が多い。里の人が近付かないためだろう。
 そして山中をウロウロしていると、人家を見付けた。お供の小姓は山賊のことなど知らない。それが根城だとは。
 殿様は休憩できると思い、その中の一軒に入り、水をもらった。
 山中に何軒かの家があり、柵や櫓が施されている。村にして田畑がない。
 殿様は他の家々を覗くと、女子供と年寄りばかり。
 ここは何処かと聞くと、山賊の住処だとしわくちゃの老人が答える。少しもそれでは怖くはない。
 藩内に山賊がいることを殿様は初めて知った。
 年長の小姓に、これはどうすればいいのかと聞くと、退治すべきだと答えた。連れてきた小姓三人と一人は腕が立つ側近。
 さらに聞くと、鎖鎌の流派を作ったらしく、他藩の城下で、道場があるらしい。
 さらにもう一つ流派を作った。それは棒術。
 年寄りが出てきて、先にイガイガの付いた鎖をぐるぐると回し出す。それと棒を持った爺さんとやりあっている。
 殿様は太刀や弓や槍は習ったが、片手に鎖、片手に鎌を持ったこの武術、見るのは初めて、大いに気に入った。棒術は聞いてはいたが見るのは初めて、刃物がないところが気に入った。槍よりは太いが短い。これならその辺の棍棒でもできる。
 棒術の爺さんは天狗から習ったと嘘をいったので、殿様は大笑いした。
 つまり、山賊達が活躍していたのは昔の話だったようだ。
 そして山麓の根城は、武術の里としてその後も続いた。
 ちなみにこの棒術の流派、明治に入っても、まだ続いており、さらに短くなったが警官が使う警棒の先生として、しばらくは続いたようだ。
 
   了

 
 
 


2019年4月8日

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