小説 川崎サイト

 

里の春


 市街地の今と今とがせめぎ合うような道路沿いを歩いていると、もう少し穏やかでゆったりとした風景が見たくなる。
 黒田は別に目的もないままバスに乗った。電鉄のバスなので、市内から出て、駅と駅を繋ぐのだろう。鉄道が事故などのとき、その区間をバスが走ったりする。
 だが黒田は駅前から適当なバスに乗った。色々と行き先があるのだが、三つの乗り場のうち、一番奥を選んだ。行き先は書かれているが、見ていない。それよりもバスが既に来ているので、今ならすぐに乗れる。
 乗れば適当なバス停で降りればいい。
 その適当な場所はしばらくして現れた。橋を渡るとき、土手が桜並木になっていた。人も歩いている。花見だろう。それで、橋を渡ったところに、いい具合にバス停がある。黒田は下りることを知らせるボタンを急いで押した。
 そして下りて引き返し、その川沿いを歩いた。何人も歩いており、これは近所の人だろう。服装で分かる。犬の散歩人もいる。
 川がこんなところにあるのは知らなかった。大きな川なら知っているが、それではない。排水溝の大きなものかもしれない。運河だ。
 桜が咲いているのは僅かな距離で、あっという間に終わるのだが、その先は柳が柔らかな色を見せているので、それも悪くないと思い、先へと進んだ。川や池の土手に柳を植えるのは、盛り土が崩れないようにするためだと聞いた覚えがある。
 さらに進むと喧噪な市街地から住宅地になり、建物も低くなっていくが、たまにマンションが聳えている。しかし、それほど高くはない。
 堤防脇にはその前の家の人が育てたような草花が咲いている。これもまた花見だ。
 さらに奥へ進むと、少しだけ古い家が多くなり、土手道に洗濯物が干されている。かなりはみ出している。
 こんなところがあったのかと思うほど、いい感じの散歩道。ただ、もう歩いている人は黒田一人。他の人は桜が切れたところで戻ったようだ。
 さらに進むと運河は狭くなり、浅くなる。その運河へ流れ込んでいる川がある。黒田はそちらの方へ行ってみる。川岸に雑草が伸び放題で、多少は自然を残している。コンクリートで固められても、土砂などが溜まり、そこに草が生えるのだろう。
 さらに進むと川はさらに細くなり、飛び越えられるほど。壊れそうな木の橋が架かっている。
 これも一興と渡ってみる。土手も低くなり、逆に広くなる。
 さらに進むと未舗装となり、自転車のタイヤ跡などがそのまま残っている。この前の雨でついたのだろう。
 周囲が暗くなる。これは大きい目の木が生い茂っているため。川沿いの家の庭木だろうか。結構太くて高い。桜もたまに見かけるが、種類が違うのか、いやに紅い。
 樹木に囲まれてしまったのか、薄暗いが、そのトンネルを抜けると青空が拡がり、田畑が拡がっている。田園風景だ。
「ありえない」
 バスで少し遠くまで来たが、まだ市内だ。こんな場所はありえない。
 だだっ広い場所。遠くに山が見える。もの凄く広い土地。というより、平野。
 その川は畦川になってしまった。しかし春の小川とはこのことで、土筆が頭を出していそう。
 田植えの用意なのか、野菜を育ていた畝を平らにしている。
 農家が見えてきたのだが、その前に巨大な水車が目に入る。当然農家も見えているのだが、藁葺き屋根が多い。丘沿いに幟が揚がっている。赤い鳥居が見える。
「ありえない」
 しかし、黒田はこのありえないようなのどかな風景を見たかったのだろう。
 里の春。春の里。
 しかし、見たかったものがそこにあるのだが、自分が今どういう立場にいるのかが問題。
 運河まではよかった。そこに合流している小川が虚だろう。
 
   了


2019年4月16日

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