小説 川崎サイト

 

モルス街の悪魔


「十五番街はどちらでしょうか」
「番地で聞かれても、よく分かりません」
「じゃ、モルス街では」
「ああ、猿街ですね。この運河の先です。橋がありますので、そこを渡らず右へ入れば、そこがモルス街です」
「有り難うございます」
「貧民街ですよ。あなたのような紳士が行くような所じゃない」
「少し頼まれものをしたもので」
「気をつけて下さい。治安が悪いので」
「はい、有り難うございます」
 老紳士は運河沿いの道を進んだ。
 橋はあるが朽ちている。途中で骨格だけになり、これでは渡れない。老紳士は渡る必要がないので、問題はないが、橋がなければ不便だろう。見たところ代わりになるような橋は近くにはない。遠くに橋が見えるが、それは鉄橋。老紳士はその橋を列車で渡り、ここに来ている。
 十五番街がある場所は運河を渡ったこのあたりの番地で、そこは港町。
 十五番街、旧名モルス街、通称猿街。
 モルス街はこの港町にある住宅地だが、安っぽいアパートがずらりと並ぶ貧民窟で、猿が人を殺したことで有名になった。
 物騒な街で、殺人事件があってもおかしくないが、その犯人が猿だったことで、世間を驚かせた。
 老紳士はその話とは関係しない。頼まれ仕事は猿ではなく、悪魔。
 壊れている橋を左に、運河道から右へ入ると既にモルス街。五階や六階の高さのアパートが並び、通りがまるで渓谷。木々が生い茂る代わりに、洗濯物がなびいている。
 しかし、港町の景気が悪いらしく、住む人々は年々減っているようだ。
 波止場のすぐ近くまで鉄道が来ている。そこが港町一番街。貨物駅に近い。
 そこから十五番街まではかなり遠く、終点の港まで行くより、運河を渡ったところの駅から歩いた方が早いと教えられたので、老紳士はそれに従っている。
 老紳士は五階建てのアパートの階段を上る。最上階の部屋に悪魔が出るためだ。エレベーターがあるのだが故障しているらしい。それで上の階ほど借りる人が減り、残っているのは悪魔のいる五階の部屋。ここは広いので家賃も高い。
 その部屋のドアを開けるが、これが重い。グワーンと鉄の扉が開き、猿が出てきた。
 猿のような婆さんが、この部屋の主で、依頼者。
 この婆さんが悪魔ではないかと老紳士は最初感じたのだが、そんなはずはない。
 しかし、モルス街の殺人事件の犯人が猿というイメージが付いてまわるのか、悪魔とは猿のことではないかと、既に推理している。
 ただ、この老紳士、エクソシストなので、探偵とは流儀が違う。
 婆さんは色々と怖い話を始めたが、猿がウロウロしていると解釈すれば、全て済むようだ。
 この最上階の部屋には屋根部屋が付くが、そこは物置に近い。
 悪魔がいるとすればそこだろう。
 老紳士は細くて狭い階段を上り、屋根部屋に入るが、意外と明るい。明かり窓から下を見下ろすと、遠くに海が見える。古びた貨物船が浮かんでいる。
 明かり窓はロックもカギもない。猿なら窓を開けて中に入れるだろう。
 婆さんも上がってきたので、そこでお祓いをする。
「これで悪魔は何処かへ行きますやろか」
「はい、大丈夫です。そのかわり、窓のロックを忘れないようにしましょう」
「はい」
 悪魔払いは、それで終わった。
 しかし、その後、また婆さんから手紙が来ており、悪魔の赤ちゃんがいるとの知らせ。
 きっと猿に子が生まれたのだろう。あれだけ言ったのに窓のロックを忘れたようだ。
 
   了


2019年4月18日

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