小説 川崎サイト

 

緩和


「今日は暖かいですねえ」
「やっと春になった感じです。暑いぐらいですよ」
「そうですなあ。気候がいいと、眠くなります。何か緊張感が薄れて」
「何に緊張されていたのですか」
「いや、いろいろとですよ」
「まあ、心配事も緩みますよ」
「なくなりませんがね」
「緩和するだけで十分ですよ」
「そうですね、特に何もしていないのに、緩和とは有り難い」
「季候がよくなれば、よくなるんです」
「しかし、なくならないでしょ」
「まあ、そう緊張しなくてもいいということですよ」
「ほう」
「緊張してもしなくても、事態は変わらないでしょ」
「そうですねえ」
「だから、損です」
「その境地に早く至りたいものです」
「いやいや、事態は何も変わらないので、同じことですよ」
「でも、気持ちが変わると、事態も変化するのでは」
「しません」
「あ、そう」
「気の持ち方で変わるのなら、楽な話ですよ」
「なるほど、リアルですねえ」
「まあ、緊張しないといけないときは、麻痺させればいいのです」
「ほう」
「これが緩和です」
「麻痺ですか」
「今日のような春の暖かい日、頭もぼんやりするでしょ。これが何よりの薬。これでどれだけ楽になるか。だが、事態は変わりませんがね」
「はい」
「さて、そろそろ行きます」
「行かれますか」
「死地です」
「戻ってこられるよう願っています」
「死なないようにしますがね。でも無理ですなあ。心がけでは何ともなりませんから」
「はい、御達者で」
「はい、ごきげんよう」
 
   了



2019年4月20日

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