小説 川崎サイト



踏み避け松

川崎ゆきお



 どこかおかしいと山田は感じた。いつもの神社の境内だ。そこは山田の散歩コースとなっており、境内を突き抜ける道だ。
 だが境内には道はない。鳥居をくぐり、真っすぐ歩けば本殿だが、突き抜けるためには左右どちらかに回り込まないといけない。出口は本殿の裏にある。
 鳥居から本殿へ向かうための石畳とかはない。広場のようになっているだけ。
 山田はいつも左側に回り込む。
 そのため、斜めに横切ることになるのだが、異変を感じたのはその最中だ。
 いつもと違うと言っても、毎日同じではない。天気も違うし、時間も微妙に違う。十分や二十分の誤差がある。
 そのため、いつものコースとは言いながら、若干違うのだ。
 その違いを山田は感じたわけではない。微妙な違いは毎日感じている。だが、その感じ方とは異なる感じ方なのだ。
 場所が場所だけに、妙な気になった。
 針の穴のようなピンポイントが境内にあり、そこを踏んだのかもしれない。
 しかし山田はここ五年ほど、ここを歩いている。斜めに横切る地面のほとんどは踏んでいるはずだ。
 山田の感じた違和感は身が沈んだことだ。一瞬のことだが、地面が低くなった。
 膝がおかしくなったのかと思ったのだが、異状はない。
 山田は振り返り、足元を見た。別にへこんだ場所はない。
 気のせいかもしれないと、気を取り直し、本殿の横に出た。
 そして、真裏から境内を無事に抜けた。
 空足を踏んだだけかもしれない。そうなると、神社が問題なのではなく、山田の足の問題だ。
 翌朝も山田は同じコースを歩いた。
 そして、昨日と同じ場所で、地面が沈んだ。
「あらら」
 これは偶然ではないと、山田は確信した。
 この神社には神主はいない。氏子が管理していた。
 氏子総代の岡村という年寄りに、山田はそのことを話した。
「あの場所は、昔からそうらしいよ」
「踏んではいけない場所を踏んだのですか」
「さあ、よう分からんがな」
「あの下に何か埋まっているのでは?」
「昔、掘って調べたようじゃが、何も出なんだ」
 氏子総代の年寄りは、その場所に松の苗を植え、周囲を囲んだ。
 それでもう踏む人はいなくなった。
 
   了
 
 



          2007年7月2日
 

 

 

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