キンピラ御坊
川崎ゆきお
「ゴボウのおっしゃる通りです」 「誰が牛蒡やねん。わしはキンピラゴボウか」 「そういう意味では……」 「言葉の間違い即お人柄を表す。早稲田大学をはやいねだ大学と言う奴は、既にその時点で入試資格なし。赤穂をあかほと読む奴もしかり。よいな若い者。言葉の間違いは命取りぞ。間違った瞬間、君への信頼性はゼロとなる。今後何を語ろうと、むなしゅう聞こえるのみ。 ★ 「あのキンピラ御坊、ごっついフード、首の後ろに立てて、百人一首の坊主めくりみたいな奴や。見ただけで不吉や」 新入社員研修で来ている清原が同期社員にぼやく。 京都は寺町にある名もない禅寺。この一帯、小さな寺が住宅のように並んでいる。 「もう、こんな芝居やめて欲しいわ」 「芝居か。まあ、それはそうやけどねえ。新入社員は全員これをやらないと駄目なんでしょ」 新卒採用の清原より三つ年上の奥田が煙草をふかしながら言う。 他の二人は布団の中でケータイメールを打ち込んだり、ゲームをしている。 二十人は雑魚寝出来るほどの大広間で、寺側は宿坊と呼んでいる。本堂や庫裏よりも大きな建物で、普通の家が庭に二階建ての文化アパートを建てたような感じだ。 檀家は近所にはなく、亀岡の山寺からここに引っ越して来た。 座禅合宿契約を数社と結んでいるが、年々契約数は減っている。 しかし、町中にある宿坊施設が受けて、研修会やイベントなどでも利用されている。 「こんなんで、精神修行になるのかなあ」 と、清原は布団の上で液晶画面に見入る同僚を見ながら呟く。 「まあ、これも仕事やからね。仕方ないやろ。住職も、そこはもう分かってるから、お互いに芝居を続けたらいいんだよ」 「効率が悪いと思うけどなあ」 「会社は精神修行に出したことが大事なんよ」 「もし悟ったらどうするの」 奥田は、少し考える。 「悟ったらビジネスマンなんか出来んやろ。欲の塊の世界やんか、うちの会社。ゴルフ場開発会社が緑を大事にしましょうというコマーシャルやるのと同じやんか。緑を大切にするんやったら、ゴルフ場なんか作られへんやろ」と、清原が毒づく。 階段を駆け上がる音がする。かなり慌ただしい。 襖を開け、住職が入って来た。 今日の修行は終了したはずだと四人は不審がる。 特別な研修がいきなり始まったわけでもなさそうだ。 住職の顔色が悪い。真っ青だ。 演技にしては真に迫りすぎている。 「悪いがここに居てもええか」 住職の唇は紫色に膨れ、病んだ性器のようにグロテスクだ。 「何かありましたか御坊」清原が聞く。 「あったどころの騒ぎやない。出たんや」 「出た?」 「お化けですか?」奥田が口を挟む。 住職は頷く。 ケータイを弄っていた徳田と有馬も、驚いた顔で住職の顔を見る。 「わし、今夜はここで寝る。どや、ええやろ?」 「ああ、御坊の家ですから……ここ。どうぞご自由に」 奥田はそう答えながら、鼻の穴が笑っていた。 キンピラ御坊は演出過剰な僧衣は既に脱いでおり、ジャージ姿だ。 「衣装はどうなされました?」 衣装と言われ、住職は眉を動かすが、迫力はない。 「トイレに立ったとき、本堂の方から妙な音とも何とも言えんもんが聞こえてきたんや。こんなことは初めてや。須弥壇の奥にある厨子の扉が開いたり閉まったりしとる。中から微かに光が……」 「それはお化けではなく、仏の奇跡では?」 「奇跡?」 「ありがたい仏様の……」 「そんなはずはないし、そんなこと、聞いたことないし」 「そやけど、お寺さんやったら、色々と怪現象があってもおかしないと思うけどなあ。慣れてるはずやと思うで」と、清原が皮肉っぽく言う。 「廊下から、その様子見てた。しばらくしたら光は消えた。妙な音も止まったが、足が震えてガタガタじゃ」 「住職は一人暮らしなのですか?」奥田が聞く。 「昼間は手伝いの老夫婦が来てくれてるけど。夜は一人や」 「それだけでも怖いですね」 「寺で生まれ育ったんやから、怖いとかはない」 「ここへ引っ越すまでは、別の住職がお寺さんをやっていたのでしょ」 「跡継ぎがおらんようになって、廃寺になってたから、引っ越して来た。建物だけは前の寺のものや。もう二十年になる」 「前の持ち主時代に何かあったのでは?」 「それやったら、引っ越してすぐに何か起こってるやろ」 ★ 翌朝、五時から本堂で四人は座禅の真似事をした。 住職は派手な僧衣に着替え、キンピラ御坊に変身しているが、ジャージ姿の間抜けた寝顔を見てしまった四人には、もう威圧感はない。 説法も今朝は省略された。 ★ 宿坊の一階は食堂になっており、四人はカロリーの低そうな精進料理を食べた。賄いの婆さんが奥で鍋を洗っている。 「キンピラ御坊、元気なかったなあ」 清原がほうじ茶をすすりながら言う。 「これで研修も楽になるから、まあ、ええけどな」 「一皮剥けば、みんなただの人間ということやね。キンピラ御坊僧衣脱いだら、ただのおっさんだね」 「そやけど、奥田さん。夕べ、キンピラ御坊が体験したの、何やろなあ?」 「清原君」 「何ですか、奥田さん」 「君だろ」 「え」 「君が仕掛けたんだ」 「僕ら四人、ずっと一緒やないですか。そんな小細工出来ませんよ。何を考えているのですか、奥田さんは」 「トイレ行くとき、本堂の前の廊下通るやろ。仕込むのはわけがない。片付けるのもな」 残る二人は黙って聞いている。 「しかし、あんなことで、住職が狼狽するとはなあ。簡単なトリックや。君らも気付いてるはずや」 「どんなトリックですか? 興味あるなあ」 清原が奥田に詰め寄る。 「二階の窓から下見たら、中庭が見える」 「本堂は見えませんよ」 「廊下は見える。その廊下は便所へ続いてる」 「そうそう、合宿所やのにトイレがないねん。不便や」 清原が相槌を打つように言う。 徳田と有馬は、関わりたくないのか、黙っている。 「住職が便所へ行くのが見えるわけね」と奥田。 「つまり、そのタイミングで脅したのですか?」 「おそらく」 「誰が」 「昨夜、ここにいたのは住職を含めて五人」 「そしたら、僕らの中に犯人が」 清原は徳田と有馬を見る。 二人とも機嫌の悪そうな顔をする。 「外部からも可能やけど」と奥田。 「奥田さんはトリックが分かっているのですか?」 「まあな。難しいことやないから」 そのとき、ファンファーレが鳴った。 奥田以外、虚をつかれたように、びくりとなる。 奥田はポケットからケータイを取り出した。 「まだ、合宿中。終わったら、連絡する」 奥田はケータイをパチンと畳みながら、「分かったやろトリック」と、三人を見回した。 「トイレに行くときにケータイを厨子を半開きにして入れる。バイブモードでな。住職が本堂の前の廊下に来たときに電話する。バイブは厨子の中で振動する。かなり振動することは知ってるわな。厨子の扉が動く。着信ランプが点滅し、薄暗い本堂の仏壇を妖しく照らす。犯人はトイレに行ったとき、ケータイを戻す。簡単なことや」 徳田と有馬は、なるほどとばかりの顔で、にんまりしている。 清原は困ったような顔だ。 「もうええやろ、清原君」 「脱帽」 「新規購入で、前の機種、ポケットに入れたままで、まだ解約してなかってん」 清原はケータイを二つ取り出す。 「キンピラ御坊のキンピラ剥がしたんやから、これで満足だろ」 「まあな」 ★ 住職はその後、トイレへ立つのが今でも怖いらしい。 了 |