小説 川崎サイト



昔を語る

川崎ゆきお



「どれほどの昔の話がいいのかなあ」
「お爺さんの少年時代の村の話とかでいいと思います」
「それはもう何度も話したんだがなあ」
「どちらのグループでしょうか?」
「小学校の先生とか、郷土史家の先生とか、えーと、あとは新聞とか雑誌とか、それから、聞きに来た人とか、あ、民俗学とか、社会学とか、もう忘れたよ」
「そうなんですか」
「話を忘れたわけじゃないよ。話した相手を忘れたと言ったんだよ」
「じゃあ、録音しますので」
「いや、だから、いっぱい話したからね、そっちで聞いたほうが早いんじゃないかい」
「さきほど、どれほどの昔の話がいいかと言われましたねえ」
「ああ、昔にもいろいろあるでな」
「いろいろとは」
「わしが生まれる前のこの辺りの歴史だよ」
「それは他の人に話されましたか?」
「話し出したが、あまり乗ってこなかったのう」
「いつの頃の話ですか」
「戦国時代かな」
「それは古いですねえ」
「弥生時代の話もあるでよ」
「あ、はい」
「どうだ、それにするか」
「いえ、お爺さんが小さい頃の村の祭りとか、風習とか、暮らしぶりとかがいいと思います」
「だから、何度も何度も話したでよ。それどうなったんかのう。わしが話したやつ。何処に載っとるのかのう。カメラで写しておった奴もおったが、あれも、どうなったのかのう。あんたは聞いてどうするんだ?」
「研究誌に掲載する予定です」
「予定かいな」
「だから、ご面倒でなければ、雑談程度でよろしいですから、昔の話を聞かせて欲しいだけです」
「だから、何度も話したじゃないか」
「いえ、僕は初めてなので」
「だから、同じこと話したから、その人に聞いてくれや。何度も話すと退屈でな。どんどん大袈裟になってしまうんだ」
「大層じゃないのですか」
「いや、大袈裟になるんじゃ。もっと面白く話そうとしてな。自分でも嘘だと分かりながら、作り話をしてしまう」
「そうなんですか」
「だから、戦国時代の話をやろう。いいだろ」
「そうですか。じゃ、少しだけお聞きします」
「この地は織田軍に包囲され、わしらの先祖は城主の姫君を連れ出し、本願寺に逃げ込んだ。それが可能だったのは、わしらの村は忍者の村でな。瞬間移動にて、敵陣を突破できたんじゃ。先頭走るは村雨の小五郎。葛城山にて忍法の修行したる大術師……」
「あのう、そのあたりで結構です」
「うっ」
 
   了
 
 


          2007年7月3日
 

 

 

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