小説 川崎サイト

 

田村が来た


「田村君がさっき来ていてねえ。相変わらずだねえ、田村は」
「田村さんは亡くなってますよ」
「え、そうだったか。しかし、さっきここに座っていたんだよ」
「夢でも見ていたんじゃないですか」
「寝ていない。居眠りなどしていない」
「変なこと言わないでちょうだい」
「じゃ、勘違いか。さっきまで絵の話をしていてねえ。田村君、また個展をするらしい。しばらく休んでいたからねえ。また始めるんで、見に来てくれと言ってたんだよ。それと最近の傾向、絵の傾向だね。それについても熱く語っていたよ。すっきり、さっぱりした単純な絵がいいことに気付いたとか」
「はいはい」
 そのとき庭に面した硝子戸が開き、その廊下に田村が立っている。
「煙草を忘れてね。この近く、煙草屋がないだろ。で、取りに戻った」
 テーブルには灰皿があり、田村が吸っていた茶色のフィルターの吸い殻が残っている。当然、その横に煙草も。
 田村は庭からいつも出入りしている。木戸があるのだが、カラクリ式の填め込みを順番通り押したり引いたりすれば開く。
「大丈夫か、田村君」
「え、何が」
「いや、何でもない」
「自販機があるんだけど、カードを作ってないから。それに煙草屋は遠かっただろ」
「あそこの主人は亡くなってるよ。だから自販機しかない」
「あ、そう。亡くなったのか」
「き、君は大丈夫なのか」
「何が」
「いやなんでもない」
「どうかしたのか」
 先ほどそこにいた奥さんがいない。
 
   了

 


2019年5月6日

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