小説 川崎サイト

 

陰獣暮らし


 晴れて暑いほどの気候になっていたが、島村は薄暗い部屋でじっとしていた。陰獣だ。
 陰獣がいるのだから陽獣もいるはずだが、呼び名を必要としないのだろう。妖獸ならいるが。
 しかし島村にはあまり獣性はない。どちらかというと植物系で、日影の花。しかし、そんな花は咲かないが。
 闇に生き闇に死す忍の者なら、それなりの使命があるだろう。だが島村にはそれがない。だから単に暗いだけの人だろう。これは世間にはいくらでもいるので、珍しくはない。
 外が暑いほどのとき、意外と室内は涼しい。寒いほど。島村はこの前まで使っていた電気ストーブを付けようかどうかと考えている。暗い人ほど我が身の些細なことがメインになるらしい。
 仕舞うはずだった電気ストーブ。そのコンセントを抜き、扇風機に差し替えるはずだったが、ストーブはそのまま。だからつい付けようとしたのだ。これは反射のようなもの。
 春から初夏へと変わる頃、付けたり消したりしていた。それで、その癖が残っているのだろう。寒いと、すっと腕を伸ばし、スイッチを押そうとする。
 そのとき、前日のことが頭をよぎった。大事なことではない。昨日もそうしてスイッチを入れたことを思い出したのだ。そしてすぐに切った。やはり暑いのだ。
 世間は大型連休中だが、島村は年中連休。有り難くも珍しくも目出度くもない。毎日やっているようなことだが、実際には何もしていない。
 島村が住む安アパートは日本家屋で、その二階。三階の木造のアパートがあれば即引っ越すだろう。元遊郭でもなければ、そんな物件は滅多にないが。
 今日は上へ行くか下へ行くかと思案する。これは屋根裏へ行くか、床下へ潜るかの思案。そんな考えを必要とする人間など日本で島村一人だろう。
 では何をするのか、当然屋根裏へ出るのは江戸川乱歩の屋根裏の散歩者で有名すぎるイベント。下の部屋を上から覗き見しに行くのだ。
 それは分かる。だが床下に潜り込む目的が分からない。畳を上げる、板を外すと地面が見える。そこをねぐらとしている虫がいる。猫が入り込める空気穴は格子がはまっているので、無理だが、蛇ぐらいは入れる。やはりそれなりのボリュームのある猫やイタチなどが入れるように、その格子を外すかどうかで迷っている。
 それよりもその空調穴のようなところまで行くのが大変。頭を確実に打つ。しかも衣服は汚れる。屋根裏よりも高難度。
 以前それが開いていたことがあったのか、また別の隙間から入り込んだのか、寝息やイビキを聞いたことがある。これは自分の寝息だと思っていたのだが、息を止めても聞こえてくる。どうも何かが下で寝ているのだ。
 そういうのは虫では無理。虫の息と言われるほど聞き取れない。泣き声ではなく、息がいい。
 大家が直したのか、その後、大物は入ってこなくなった。そういうのをまた聞きたいというわけではないが、何者かが下にいるというのがいい。だから寝息を立てる哺乳類がいい。鼠でもいいのだが、寝息は立てないだろう。しかもイビキは無理。
 閉じ籠もっていないで、部屋から出る。しかし、屋根裏や床下は外だろうか。確かにそこは部屋ではない。しかし、家の外ではない。床下は地面。しかし家の下なので家の内だろう。
 しかし下村は一人暮らしなので、日常の買い物や用事で外に出る。だから近所の人にとってはよく見かける人の一人だろう。
 
   了

 


2019年5月7日

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