小説 川崎サイト

 

予感


 岩田は毎日ことあるごとに方針を立てている。立派なものだ。それで将来に対しての軌道修正を細かくやっているようだ。
 それらは実体験によるもので、頭の中だけで思い浮かんだ考えではない。しかしその体験、特殊な場合もあり、もう二度と起こりそうにないタイプもある。また、岩田の気分やタイミングで、本来良いものが悪いものに見えたりすることもあるだろう。経験は大事だが、一般性がなかったり、また岩田にとっても消化できないものもある。組み込めないほど特殊なものだ。
「怖いものが来そうな雰囲気がするんだ」
 ある日、岩田は友人にそのことを話した。
「怖いものって?」
「正体が分からない。しかし、色々な前兆が出ている」
「何が起こったの?」
「まだ起こっていない」
「あ、そう」
「起こっていないけど、起こるような気配が方々にある」
「それって、ノイローゼーじゃない」
「まずは神経からだ」
「だから、そこが異常をきたしているんだよ」
「しかし、怖いものが」
「予感でしょ。何もまだ具体的に起きていないのでしょ」
「そうなんだけど、ある種の動物が、そういうのを感じるのと似ているんだ」
「それは確信できるの」
「そこが分からない」
「じゃ、直感じゃないね」
「そうかな」
「ただの思い過ごしだよ」
「そうかなあ」
「それで、何が起こりそうなの」
「それが分からない」
「じゃ、取り越し苦労だよ」
「しかし、予感が」
「どんな」
「何となく、匂う」
「本当にそう感じるの」
「感じだけはある」
「それは弱いなあ」
「これはやはり直感だよ。勘だよ」
「でも具体的に何も反応していないのだろ」
「そう。そう感じるだけで」
「じゃ、何が起こるんだろうねえ」
「予測できない」
「じゃ、考えても仕方がないじゃないか」
「そうだな。君はそんな覚えはない?」
「ないよ。岩田君のような超能力はないから」
「ずっと虫が知らせ続けている」
「はいはい」
 それから数ヶ月後、友人は心配になり、岩田の部屋を訪ねた。
 岩田はいつものようにいた。
「あれは、どうなった」
「ああ、何も起こらないねえ」
「そうだろ」
「勘違いだった」
「人騒がせな」
「ああ」
 何処かで何かが起こっている。しかしそれを知ることもないまま終わることも多い。
 
   了


2019年5月11日

小説 川崎サイト