小説 川崎サイト

 

夏負け


 まだ春なのに吉田は夏負けした。それほどの高温ではないが、暑さに負けた。まだ夏は来ていない。春だ。だから春負けだろうか。春の何処に負けたのだろう。気温的に春の気温で負けることはない。寒かった冬から解放され、良い季候になり、過ごしやすいはず。しかし、春も終わりに近付くと、夏が入り込むのか、その先取りされた夏に負けた。
 青葉の季節。これは初夏。だから夏が入ってきている。春から夏バテでは夏になると死んでしまうだろう。
「もう夏バテですか?」
「ええ、早い目に」
「確かに今日など陽射しがあるところを歩いていると、暑いですがね。でもまだまま序の口ですよ。梅雨もまだなのですから」
「それで調子が悪いので、今回の仕事、一寸パスしたいのですが」
「ほう、でもここまでで出てこれたのでしょ」
「日影を選んで遠回りしながら来ました」
「電話で済むのに」
「いえいえ、それでは」
「まあ、いいです。じゃ、今回は引き受けてもらえないわけですね」
「夏バテで、何ともなりません」
「寝ていなくて、大丈夫ですか」
「一寸バテ気味なだけなので」
「あ、そう」
「こういう状態では良い仕事はできません。ご迷惑を掛けますので」
「はいはい、分かりました」
 吉田はそれだけを告げ、事務所から出た。外は相変わらず暑いが、夏服を着ている人などいない。まだ春なのだから、それほど暑くはない。
 夏を先取りした吉田だが、夏負けでは何ともならないが、本当の夏になってからは強い。実は夏に強いのだ。そのため、夏には夏バテしない。不思議な体質だ。
 では夏になったとき、何に負けるのか。それは決まっている。秋負けだ。しかし、秋の何に負けるのだろう。それは夏の寒さ。これはバテたとは言えないので、夏負けのような暑気症状ではない。
 だから夏風邪。これを引く。真夏の暑いとき、既に秋の涼しさを感じるのだろう。これに先取りされる。
 吉田は季節の先へ先へといっている。これは先を読む力があるのではなく、身体に来る。
 しかし、それは頭にも来て、未来を先取りするようなところがある。
 早い目早い目に吉田に襲ってくるのだが、いいものばかりを先取するわけではない。
 事務所を出たあと、吉田は日影を選びながらの戻り道、涼しそうな公園があったので、その木陰で休む。既に花は散ったが藤棚の下のベンチ。
 これで将来の良いことを先取りできれば、どれほど素晴らしいかと思うのだが、それを受ける力はないようだ。人の理と天の理とは違うのだろう。
 
   了
 


2019年5月13日

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