小説 川崎サイト

 

偶然が偶然を生む


 夕方前、初夏の空はまだ明るい。田中は買い物に出ようと戸口を出たのだが、田淵という近所の面倒そうな男がいる。別に危害を加えられるわけでもないが、顔を合わせても挨拶はしない。向こうから避ける。当然話したことはない。ただ、偶然の出合い頭、顔を突き合わせることもある。そのとき、反射的に頭を僅かに下げる。相手も反射的に下げる。だから敵ではない。
 その田淵が先を歩いている。田中は自転車。追い越すこともできるが、誰が追い越していったのかが分かる。だから意識的になるだろう。そういう意識が働かないよう、道の反対側へ向かった。少し寄り道になるが、回り込めば問題はない。
 そして、いつもの道へと出たとき、徒歩の田淵の方が早いのか、後ろ姿が見える。これで田淵の目的地が分かった。コンビニだ。歩いて行ける距離、それ以上遠いと田淵も自転車を使うだろう。
 田中はコンビニに用はなく、その先に行くのだが、もう一度回り道することにした。これで二回目だ。
 それで回り込むところまで来たとき、面倒になった。田淵と接触する可能性は低いが、別の場所でもいい。目的地はスーパー。近い側のスーパーへ行こうとしていたのだが大回りになりすぎた。また、そこは小さく、品揃えも少ない。しかし、近いので、そちらへ行こうとしていたのだが、もう一つあるスーパーはショッピングセンター内にあり、他の商店も多く入っている。賑やかでいいし、こちらの方が安いし、他の買い物もできる。しかし遠い。
 だがちょうどその大きなスーパーへ行く通り道。方角は合っている。
 それでハンドルはそのままで直進した。曲がり込まないで。むしろ回り込む方が不自然だったこともある。
 これは予定にはない行動。しかし、スーパーに行くことにはかわりはなく、予定通り。ただ遠いので、雨が降っている日や元気のないときは、近くのスーパーへ行く。その日は元気だし、雨も降っていない。だから行く理由は本当はないのだ。遠い方へ行くのが本来の姿。
 だが、田淵の姿さえ見なければ、近い方にしただろう。その方が楽なため。
 そして、ショッピングセンター内で食材を買い、別の売り場で煙草をカートンで買い、戻ろうとしたとき、田中君じゃないか、元気かい。と声を掛けられた。苦手な先輩がいたのだ。そのまま近付いて来る。
 いつも厳しげな顔の先輩だが、しばらく合わないうちに顔が和らぎ、物腰も柔らかく、声も優しくなっていた。田中は軽く頭を下げた。先輩は一度も足を止めず。田中も止めなかったので、そのまますれ違った。
 今も世話になっている先輩で、大事な人なのだが、田中は苦手としていた。しかし、そうではなくなっていたので、少し驚いた。
 この先輩との接触は田淵にある。田淵の後ろ姿を見たので、道を変えた。それを二度繰り返す途中で、行き先を変えた。田淵がいなければ、遠い方のスーパーへは行かなかっただろう。そして偶然先輩とすれ違うことも。
 そのショッピングセンターは広い。そこで先輩と会う偶然などは滅多にない。同じ時間、同じ場所にいなければ、その偶然も発生しない。
 そしてその先輩と田淵とは似ている。似たタイプなのだ。
 たまたまとか、偶然とは結構あるが、ある偶然の流れが、別の偶然を引き起こすこともあるのだろう。
 しかし、それで何かが起こったわけではない。田淵の姿ならいつでも見られるが、先輩の姿を見るのは希なこと。だから田淵のおかげで、先輩と久しぶりに会ったことになる。
 先輩とは無沙汰だったので、いいタイミング。たまに顔を見せないといけないのだが、その手間が省けた。
 
   了


 
 


2019年5月19日

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