小説 川崎サイト



清滝

川崎ゆきお



 湿気で蒸し暑い日が続いていた。こういう日は涼しい場所で一息つきたいものだ。
 諸岡は清滝という駅名を地図で見付けた。それは、今ではなく、かなり昔だ。
 その駅名を思い出したのは偶然ではないが、数年に一度は頭に浮かんだ。
 暑苦しい季節になると、思い浮かべやすいのだろうが、数年に一度なのだから、常に気にしていたわけではない。
 その夏、諸岡は三年ぶりに思い出した。
 清滝は私鉄の終点からさらに山に入り込む支線で、昔は独立した電鉄会社だった。
 諸岡は小学生の頃、この電車に乗り、山間の観光ダムへ遊びに行っている。そのとき清滝を通過したはずなのだが記憶にはない。
 清滝を発見したのは大人になってからだ。地図を見ている時、清滝が目に入った。今日のような蒸し暑い日だった。清滝という名前が涼しげに見えたのだ。
「これは行ってみる必要がある」
 実際にはそんな必要はなかったが、蒸し暑さでじっとしてられないので、涼を求める動きに出たわけだ。
 諸岡は炎天下の道を最寄り駅まで歩いた。もうそれだけで、ばててしまったが、冷房の効いた電車に乗ると生き返った。
「こうして乗ってるだけでも涼しい」
 しかし、電車に乗りに来たわけではない。
 三度ほど乗り換え、やっと目的の支線に乗った。
 山間を走る支線だが山を削り、宅地化が進んでいるためか、乗客も多い。
 清滝駅は平野部から山間に入る入り口で、川沿いにある。道路や鉄道ができる前は川が道だったのかもしれない。
 山が両側から迫り、川に沿って道路と鉄道が狭苦しい場所を走っている。そこを通り抜けたところに清滝駅があった。
 諸岡はそこで降りた。
 むっとする熱風が諸岡を襲う。排気ガスが籠もっているのだ。
 幹線道路らしいが、道は狭く、歩道さえない。それを作るには谷を削らなければ無理なようだ。
 その先に橋があり、別の道と交差している。その信号のため渋滞しているようだ。
 諸岡は車からの熱気を次々と浴びる。早くこの道路から脱出しないと、酸素が吸えない感じだ。
 我慢できなくなった諸岡はガードをまたぎ、草むらの坂を滑り落ちるように川まで出た。しかし、崖となっており川辺には出られない。
「これが清滝か」
 清滝は昔あったようだが、川の流れが変わり、滝はもう存在していない。だが、地名として残り、駅名となっていた。
 実に暑苦しい場所だと言ってもよい。
 
   了
 
 


          2007年7月5日
 

 

 

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