小説 川崎サイト

 

狸御殿


「家に何かおりましてなあ」
 かなりの老人だ。古い家に一人で住んでいるらしい。古いだけではなく大きい。旧村時代でも有数の農家だろう。だから旧家。しかし、今は一人暮らし。こういう古い家には何かがいたり、出てもおかしくはない。西洋ではそれを誉れとしているほど。これはそれほど古いという自慢だ。
 古さというのは誇るべき事だった。家系がまだ続いているので。幽霊やバケモノが出るのはその証し。
「何がいるのですかな」
「一人暮らしになってから出るようになりました。最初は何かいるような雰囲気だけでしてね。私が外から戻ってくると、つい今まで何かいたような。急にさっと姿を消したような」
「はい」
「次は寝ているときです。こんな広い家で一人は怖いだろうと言われていますが、生まれたときからここにいますのでね。それに自分の家が怖いなど思いもしません。もう見飽きるほど暮らしていますので」
「それで、寝ているときにも出たのですかな。あなたがいるときにでも」
「そうです。きっと眠っていて分からないと思い、出てきたのでしょう」
「見ましたか」
「最初は小さな物音でした。カチンとか、チョンとか。バサッとか、トントンとか」
「音だけですかな」
「何処でそんなのが鳴っているのか分かりませんから。それに部屋の中を見回してもいません。わざわざ起きて調べに行く気もありませんしね。きっと虫とかが入り込んだのでしょ。でもそれは人の気配だとは分かっているのですがね。しかし、そう考えるのが怖い。それで、トイレへ行っただけです。すると、音はやみました。やはり私に気付かれたと思い、鳴り止んだのでしょ。しかし、そういう音ではなく、衣擦れのような音とか、よく聞こえないひそひそ声も聞こえます」
「はい」
「これは幽霊ではないと思いました。もし幽霊なら歓迎ですよ。きっと先に死んでいった家族達ですからね」
「それでどうなりました」
「幽霊でなければ魑魅魍魎、妖怪変化の類いかと思い、博士に相談をと」
 妖怪博士は頷くともなく首を動かした。一寸首を突き出したような動作だ。
「それでどうなりました」
「相変わらず家に戻りますと、さっと引くように、気配も消えます。しかし何者かがいて何かをしていたのは間違いありません」
「複数ですか」
「はい、バケモノは一人というべきか一匹というべきか一体というべきか、迷うところですが、数人いるような」
「心当たりは」
「ありません。子供の頃から、そんな話は聞いていません」
「一人暮らしになってからですな」
「そうです」
「それからどうなりました」
「今度は夜中に偶然目が覚めたとき、不意打ちを食らわそうと、そっと部屋を回ったのです。もう暖かくなってきていますから、どの部屋も戸も襖も少し開けているのです。だから見回りやすい。足音さえ立てなければ、気付かれないはず。私はすり足で畳を滑るように移動し、二つ次の間に近付いたときです。背中を見ました。見たところ人です。着物でしょう。羽織の紋まで見えましたが、我が家のササリンドウではない」
「何でした」
「寄り合っていました」
「寄り合いですかな」
「はい、車座になり酒盛りしていました。音の正体はこれだった」
「それじゃ幽霊じゃありませんか」
「背中越しに、向こうの人の顔が見えました。これで誰だか分かると思い、背中が動いたときの隙間から正面を向いたその顔を見ました」
「どうでした」
「タヌキでした」
 妖怪博士は膝を崩した。
「これは何でしょう」
「タヌキの酒盛りです」
「はあ」
「タヌキの置物であるでしょ。酒瓶を持った」
「ああ、あれは酒盛りをするための」
「いやいや、それは分かりませんが。着物を着ているのでしょ」
「そうです。千畳敷のようなフグリは見えませんでしたが」
「金玉の袋ですな」
「そうです」
「寄り合いでしょ」
「タヌキの」
「そうです。まあ、名誉なことなので、そのままにしておけばよろしい」
「はあ」
「あなたの家が集会の場として選ばれたのですから」
「そんな話じゃなく、こんなバケモノがいるのですぞ。タヌキが夜中に着物姿で大勢で酒盛りをしているのですよ」
「座敷童子のタヌキ版で、しかも数が多い。これは縁起がいいのです」
「はあ」
「広い家で一人暮らし。タヌキ御殿として貸してやりなさい」
「そんなものですか」
「そのうち狸囃子が聞こえ、踊っている姿を見られるはず。いいじゃないですか賑やかで」
「ああ、そうですなあ」
 
   了


2019年6月3日

小説 川崎サイト