小説 川崎サイト

 

桶屋は儲からない


 平原部の端にある城下で、町が賑やかなのは山岳部への入口のためだろう。山側からすれば平原部への玄関口。山岳といっても村々が点在し、険しい山は近くにはない。浅い山々と村々が平原部並みに拡がっている。
 この城下は冒険者や武者修行者が特に集まる。当然それらよりも商人やただの旅行者の方が多いが。 人が多く住む場所は住んでいる人達も当然客になり、市場は大いに賑わっている。
 その裏に武器屋があり、横に薬屋がある。その間の路地の奥に依頼所がある。仕事を斡旋してくれる場所。
 その横に巨大な居酒屋があり、そこにも依頼者がいる。正式なものではないが、美味しい仕事が多い。
 一人の冒険者が依頼者と話している。一番よく見かけるタイプの冒険者で、武者並みに腕が立つものもいるが、装備は貧弱で、小商いをしながら諸国を回っている人が多い。旅行者ほどには気楽ではないが、こういった斡旋所があるので、食いつないでいける。ちょっとした用事をこなせばお金になる。
「桶屋への配達だ。簡単だ。頼まれてくれるかね」
「はい」
 冒険者はこれで宿賃程度は稼げるので、引き受けた。
 桶屋は職人町にあり、ここは製造直売。既製品ではなく、オーダーメイドの桶がメイン。桶屋は市場にもあるが、その桶屋ではなく、製造や卸屋もやっているので、専門店。大量の桶が欲しいときはここに来る。普通の人はわざわざ職人町まで買いには来ない。
 だが、そこに目的の善米桶屋店がない。店舗や作業所は残っているが、籠屋になっていた。
 籠屋の主人に聞くと、善米桶店は何処へ引っ越したかは知らないが、親戚の米屋が知っていると答えた。
 冒険者は市場のメイン通りのある米穀店、そこも桶屋と同じ善米となっている。
 善米米穀店の主人に聞くと、桶屋は親戚だが、恥ずかしいことに夜逃げしたらしいと答えた。
 何処へ逃げたのかと聞くと、おそらく山の方だろうということだが、詳しくは分からないらしい。
 知りたければ、夜逃げを手伝った男が親友にいるので、今度はその夜逃げ屋を紹介された。
 流石にこれは裏の稼業なので、店構えはない。
 長期滞在者などが泊まっている宿屋にいるらしいので、前田という人を探した。
 前田はすぐに見付かったが、桶屋の引っ越しを手伝ったのは自分ではない。別の奴だと答えた。
 今度はその別の奴の居場所を聞き、冒険者は城下外れの村へ行った。
 ここは実は悪所で、妓楼が軒を連ねている。前田と同じ引っ越し手伝い人竹中は、その村の住人。
 その実家は竹中という大きな農家で、探している竹中は放蕩息子で、今は昼時なので、妓楼で昼定食を食べているとか。
 三階建ての大きな建物の前に縁台が置かれ、そこで昼メニューをやっていた。冒険者も腹が減っていたので、注文する。名物は桜定食で、赤カブの漬物を花びらのように敷き詰め、その上にアユの佃煮が乗っている。定食なのだが弁当だが、お吸い物と冷や奴が付いた。
 店の人に竹中さんが来ていないかと聞くと、二つ向こうの縁台で一人で桜弁当を食べている大男がいる。店員は彼を指差した。
 大男の竹中は確かに桶屋の夜逃げを手伝ったが、城下を出て、山に出る関所までだと答えた。田舎への出入り口。山へ逃げたのだろう。
 それで手掛かりが分からなくなる。手紙を届けようにも、地方へ消えてしまったのだから、何ともならない。
 それでしゅんとしていると、大男が、訳を聞く。
 自分は関所まで桶を運んだが、関所からは別の奴らが手伝っているはず。関所の役人に聞けば分かるだろうと教えてくれた。
 冒険者は任務を果たすため、関所まで行き、教えられた役人に、そのことを話す。
 確かに桶屋の善米はここを通った。荷物や桶を運んでいた人足達は、すぐ近くの村の連中だろうと教えてくれた。
 居酒屋で依頼者から手紙の配達を頼まれたのだが、職人町の桶屋で渡せば簡単に済む仕事。だから依頼料も宿賃程度。これは割のいい仕事なので、引き受けたのだが、桶屋に合うまでいったいあといくつ段階を踏まないといけないのかと考えると、これは依頼をキャンセルした方がいい。手紙を依頼者に戻せばいいだけのこと。
 そして戻り掛け、急に風が吹いてきた。雨でも近いのだろうか。
 風が吹くと桶屋が儲かるという話がある。何段階か踏んで、結果的に桶屋が儲かるという話だが、この冒険者、いきなり桶屋を追いかけたことになる。
 しかし、この桶屋、夜逃げしたのだから、風が吹いても儲からない桶屋だったに違いない。
 
   了


2019年6月8日

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