小説 川崎サイト

 

妙堂


 低気圧の影響か、梅雨の湿気もあり、妖怪博士は腐ったように寝ていた。このまま寝続けると、本当に腐るのではないかと思うほど。そこへ電話。
「変わったお堂があるのですが」
「もういい。お堂はもういいといっておるだろ」
 担当編集者は、それは分かっているのだが、続くときは続くもの。妙なお堂があるという情報を得たので、動かないといけない。これは無視してもいいのだが、他にいい話はない。お堂と妖怪。何の関係もないが、もの凄く遠いわけではない。このお堂が実は妖怪ではないかという説を先に編集者は拵えた。
「何というお堂だね」
「妙堂です」
「そのままじゃないか」
「それが山の頂にありまして、最近出現したようで、麓の小学生や中学生は宇宙人の物見台だと言ってます。またこのあたりで円盤がよく目撃されるますので」
「そんなものが勝手に出現せんだろ。それに山の頂にお堂を建てるとなると大変なはず」
「だから宇宙人が建てたと」
「そんなことを信じるのかね」
「いえ、それよりも宇宙人じゃなく、そのお堂そのものが実は妖怪が化けてものか、または建物のお化けではないかと」
「一寸疲れているので、そういう話に乗る元気がない」
「雨ですしね」
「そうだろ。それに山頂といったが、山だろ、遠いじゃないか。交通の便もなかったりする」
「じゃ、これはやめます」
「簡単に諦めるようなことを頼むではない。そんなに凄い話じゃないためでしょ」
「そうです博士。しかし先生が興味がおわりで自発的に動かれるのなら、協力します」
「それで、どの程度まで分かっている」
「ああ、お堂のある山頂まで行った子供がいますが、消えていたとか」
「ほう」
「近付くと、消えるようです」
「別の山に登ったのだろ」
「そうかもしれませんねえ」
「他には」
「夜中になると、もうお堂は見えませんが、そこに明かりが灯っていたり、点滅していたりと」
「それは電気か」
「電気は来ていないと思います。発電機か、懐中電灯か、何かは分かりませんが」
「明るさは」
「弱いです」
「そこまで分かっているのなら、君が書きなさい」
「しかし、妖怪博士談としてでないと、僕は表に出ては駄目です。編集者が目立ってしまいますし、裏方ですから」
「困ったなあ。それを報告したやつを調べれば正体が分かる。誰だか分かるでしょ」
「匿名です」
 妖怪博士は宇宙人説はとらなかったが、山の怪として、山中にいきなり現れる屋敷などに興味があり、それではないかと思いたいのだが、それは山中であって、里から丸見えの山頂では話が違ってくる。それでは隠れていないし、山頂では山中で迷ったとは言えないだろう。下を見れば里が見えるのだから。
 しかし、部屋で寝ていると余計に腐りそうなので、編集者に連絡し、雨の中、電車を乗り換え、バスに乗り、その山の麓の町までやってきた。
 該当する山はすぐに分かったが、その頂上には何もない。アンテナが立っているだけ。それと高圧線が。
 地元の人は城山と呼んでいる。
 町の人に聞いてみると、当然だがそんなお堂、山頂にあれば見ているが、見た記憶はないとか。明かりも灯らないし、点滅もしない。
 まんまとやられたわけだが、投稿者を捕まえるわけにもいかない。それを探すだけでも大変で、これでは探偵ごっこになる。
 雨の中、大きな黒い傘を差しながら妖怪博士は雨に煙る山頂を見ている。
「その傘、何処で売ってました。特大ですねえ。重いでしょ」
「余計なことを」
 妖怪博士は、墨絵のような景色を見て、杜甫になったのか、頭が切り替わった。
「できた」
「できましたか」
「妙堂」
「だから、ありませんよ」
「妙堂で行こう。妖怪妙堂」
「え、ないので作るのですか」
「幻が今見えた。だから作ったわけじゃない」
「明かりは」
「夜になれば灯るだろう。蛍のようにな」
「しかし、それは僕が最初に立てた案ですよ」
「新作妖怪じゃ」
 妖怪博士が乗ってきたので編集者はしてやったり顔となる。
 これで次号の記事が埋まる。
 
   了

 


2019年6月19日

小説 川崎サイト