「用事が入ってねえ、またの機会にしてもらえない? 勝手なお願いだけど。悪いねえ」
待ち合わせ場所に向かっていた坂田は携帯をビジネスバッグのポケットに仕舞った。
よくある相手からのドタキャンだ。
坂田はもう待ち合わせ場所まで行く必要がなくなった。しかし、自然とそこへと向かっている。
時間が空いてしまい、そのスペースを何かで埋める必要がある。それが決まらないと、向かう方向も定まらない。
待ち合わせ場所は地下鉄の改札前だった。
「さて、どうするか」
と、坂田は決まらぬまま改札前へ繋がる地下道を歩いている。
結局何も決まらないまま、改札前に来てしまった。時間も約束の期間とぴたりと合致した。
さすがに立ち止まることはしない。
すっと、通り過ぎようとしたとき、小田原がいた。
坂田はそのまま立ち去った。幸い小田原は気付いていないようだ。
ドタキャンしたはずの小田原が約束の時間に約束の場所に立っているのだ。
坂田は考えた。
「あの電話は小田原からではなかったのかもしれない」
しかし、声は小田原のものだ。
「では……」
坂田は階段を途中まで上がり、小田原を観察した。
小田原とは一年ぶりだ。
「小田原に似てる男かもしれない」
だが、どう見ても小田原だ。縦長の古びた革のショルダーをぶら下げている。動かぬ証拠だ。
改札から人が津波のように上がって来た。
坂田は壁側に避けた。
津波が引くと、小田原の姿が見えた。横に男が立っている。
小田原は坂田よりその男を優先させたのだろうか。スケジュールミスかもしれない。
坂田は、小田原の腹の内を見た思いになった。
ところが、その男はすぐに立ち去った。偶然知り合いと出合ったのかもしれない。
坂田はしばらく見張った。
小田原は相変わらず立っている。
やはり、誰かと会うつもりなのだ。
三十分ほど経過し、小田原が動いた。坂田のいる階段へ向かってくる。
「なんだよ坂田。改札前だと言っただろ。来ないから帰るところだったよ」
「でも、電話が」
「電話なんてしてないよ。さっ、飲みに行こうぜ」
「用事があるって、電話したじゃないか」
「そんな怪談はないよ。それなら、どうして待ち合わせ場所にいるんだよ」
「そ、そうだなあ」
坂田はどこで間違ったのかを考えた。
了
2007年7月8日
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