小説 川崎サイト

 

白根崎


 何の関わりもない地名がある。奥崎はつい口癖のように白根崎と言っている。何かのついでに思い出すのではなく、それだけが独立して、ぽんと飛び出る。当然声には出していないが、奥崎にとり、白根崎は馴染んだ地名になったようだ。
 奥崎のように崎の付く人名かもしれないし、また別のものかもしれないが、地名だとはっきりと分かる。地名であることは分かっているので、これは間違いない。どうしてそれが分かったのかは分からない。ここが合点のいかないところだ。ただの思い込みだろう。
 白根崎の向こうに、とか、独り言をいうことがある。白根崎が出て来る本とか、物語とかを読んだ記憶はない。それなら、すぐに分かるだろう。ただ「白根崎」は奥崎が当てた漢字で、「しらねざき」という音から来ている。しかもこれは外から入ってきた音ではなく、奥崎が発した音。おそらく「白根崎」と書くのだろうと思う程度で、文字から得たものではないことは確か。
 そうすると、もう記憶などしてないほど小さい頃に耳から入って来た言葉程度しか思い付かない。または一度何処かで聞いたのだが、それを忘れているか。
 白根崎は地名からすると川や海と関係するかもしれない。岬の代わりに崎を当てることがある。先、先っぽもようなところ。
 地名からして、そういう場所を指しているのかもしれないが、これは当てにならない。何故なら白根崎は奥崎が漢字にしただけのことなので。
 だが、イメージとして、かすかに分かっているのは山だ。沢ではなく、川でもなく、海岸沿いでもなく、山の頂、山の端、山の先っちょ。しかも辺鄙なところにあり、淋しい場所。
 白根崎には伝説が多く残っており、神秘的なところ。
 白川郷。白老。おしらさま。島根。そういった音の響き、語呂で合成されたフィクションかもしれない。奥崎がいつの間にか作ってしまったイメージで、最初から想像上の地名なのだ。
 奥崎は白根崎と呼んでいるが、実は崎は後付けで、最初は白根だったような気もする。しらねだ。
「ざき」を付けたのは重心の問題だろう。その方が存在感が増す。
 白根崎の向こう側。
 白根崎へは近付いてはいけない。
 白根崎はこの先にある。
 白根崎で見たことは話してはならない。
 等々がぽんと頭から出て来るのだが、その先はない。ないもなにも最初からないのだから、当然だろう。
 この白根崎の記憶は、元がないのだが、何処かで、これが発生源だったのかと思うものと遭遇するかもしれない。
 
   了


 


2019年6月23日

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