小説 川崎サイト

 

去年の風


 まだ電気ストーブを出しているのだが、脇に置いている。もう付けることはない。
 そしてそろそろ扇風機が欲しいところなので、押し入れにしまっている扇風機を取り出し、そこに電気ストーブを入れた。交代だ。
 当然暑くなり、そのままでは汗ばむほどになっているので風が欲しい。窓からの風は来ない。それに南に面しているので、風そのものが熱い。だから扇風機が必要。
 当然のことを当然のように実行する。何の間違いもない。世間の何処で話しても通じる。
 そして扇風機のスイッチを押すと、すぐに風が吹いてきた。いい感じだ。その風が部屋の空気をかき回しているのと並行するように少しずつ何かが変わっていく。まずは壁側の本棚がメラメラと動いた。本の一部が動いたのだ。本というより背表紙。また隙間ができていたりする。部厚めの背表紙が別の場所に移動している。これはアプリケーションソフトのバッケージだ。電話帳ほどの分厚さはあるが、ただの空き箱。
 テーブルの上のものも変わっている。去年割って捨てた水飲み用のガラスコップ。それがある。
 風。
 去年の風が吹いたのだ。
「という夢を見たのですが、これは何でしょう」
「本当にそんな夢を見られたのですか」
「はい」
「よくできているというか、発想が夢らしくない。確かに夢は普段思い付かないような奇妙な話や展開になりますが。それにしても、その去年の風の夢。できすぎています」
「分かりましたか」
「創作でしょ。作ったのでしょ」
「実はそうなんです」
「じゃ、何故夢だと」
「とりとめもないウダ話なので、聞いてもらえないと思いまして」
「いや、聞きますよ。どんな話でも」
「そうですか、じゃ、作るんじゃなかった」
「それで、昨日見られた本当の夢はどんな内容でした」
「忘れました」
「あ、そう」
「だから、作ったのです」
「あ、そう」
 
   了


 


2019年6月24日

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