小説 川崎サイト

 

空の段ボール箱


 暖かいが暑いになり、暑苦しくなり出すと、黒崎はバテる。夏はバテていていいのだというのが黒崎の方針。ただ、方針と言うほどのことではなく、心づもりだろう。しかし、実際に夏休み状態に入ってしまうので、これは仕事に影響する。ただ、毎年夏場は休んでいるので、やはり方針となっており、決まり事の一つ。方向性の一つ。
 ただ夏休みなど取らなくても、年中休みのようなもので、下手をすると夏よりもその他の月の方が長く休んでいることもある。
 だが夏は仕事が入って来ても、しない。ここが普通の月とは違う。
「そのようにおっしゃらず、ここは引き受けてもらえませんか。失礼ですが、あなたの年収ほど稼げますので」
「私の年収を知っておるのかね」
「知るもなにも、ないんじゃありませんか」
「ほう。じゃ、私の年収分の儲けということは、一円にもならない仕事なのでは」
「いえいえ、あなたの地位にふさわしい年収分をお支払いします」
「夏から大晦日までかかるんじゃないのかね」
「いえ、一ヶ月もかからないと思います。あなたほどのベテランなら半月でできるでしょう」
「いい話なのだがね」
「そうでしょ。死ぬほど暑いわけじゃないですし」
「暑いときはねえ、何もしていなくてもバテるんだ。そんなとき仕事をすれば、ダウンする」
「それは大袈裟では」
「まあ、多少はね。しかし、この時期、何もしたくないんだよ」
 実は他の時期でも何もしていない。
「熱中すれば、暑さも涼しく思えるものですよ」
「暑さも忘れるか」
「そうですそうです」
「うむ、考えておこう」
「即答でお願いできませんか。急ぎなので。もし駄目なら他の人に渡すことになりますが」
 これが効いたようだ。
「分かった」
 翌日素早く宅配便で段ボール箱が届いた。資料だ。
 ざっと依頼書を読むが、簡単な仕事だ。
 しかし、相変わらず暑い。
 これはサギではないかと心配したが、黒田は一円も支払っていない。また契約書もない。
 その段ボールの蓋を開けたまま、ごろりと横になった。黒田は昼寝が好きで、それを楽しみにしているのだが、夏場は別。暑くて寝てられないが、静かにじっとしていると、体温も下がるのか、ウトウト程度はできる。しかし熟睡はできない。まあ、昼寝で熟睡した場合、体調が悪いのだろう。
 そして、目が覚めた。
 横に段ボール箱がある。それで、仕事を思い出したのだが、中に手を突っ込むと、何もない。段ボールだけの段ボール箱。箱だけがある。
 資料を見たとき、戻していなかったのかと思い、そこら中探すが、別の場所へ持って行った記憶はない。段ボールを開けたその場所で資料を見ている。
 手品か。
 段ボール箱は宅配で来たのだから、何か貼ってあるはず。しかし、そういう貼り紙はない。
 ああ、これは夢でも見ていたのだと思い、年収分の仕事も、全て夢だったと気付いた。
 しかし、何故、空の段ボールが、こんなところにあるのだろう。
 
   了
 


2019年6月25日

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