小説 川崎サイト

 

リビングのソファー


 蒸し暑さで何ともならないので村田は横になった。まだ夕方、夕食前。何か買ってきて食べたいところだが、とりあえず横になりたい。暑いのだが、冷房をつけると寒くなる。まだ真夏ではないため、窓を開けているだけで十分。
 村田が仕事部屋として使っている居間にはソファーがある。いわゆるリビングルーム。一番広い部屋。ソファーは引っ越したときからある。前の人が置いていったのだろうか。古いものではなく、新品に近い。どこも傷んでいない。
 エアコンも置いていったのか、最初から付いていたのかは分からない。実は又貸しで、本当の持ち主は別にいる。親戚だ。その人が買った中古マンション。そのときからソファーはあったようだ。
 何故が気に入らないのか、すぐに引っ越してしまった。投資物件ではない。住むつもりで買ったのだろう。
 そのソファーで村田は寝転んだ。肘当てが枕にもなり足置きにもなる。身長分はないが、足を曲げたり、丸まったりすると、ベッドのように普通に眠れる。
 それで仮眠することが多い。疲れると、そこに座りテレビを見たり、楽な姿勢で音楽を聴いたり本を読んでいる。
 村田にとり、このソファーは憩いそのもの。
 一人暮らしでは広いマンション。いつまで使わせてもらえるのかはまだ分からないが、親戚は売る気はないようだ。村田も一生ここで暮らすわけではないので、家賃がいらないので助かる。
 そして怪談。
 これは夜中、寝室からトイレへ立ったとき、廊下に出る。廊下の向こう側はソファーのあるリビングと、その横に六畳の和室がある。親戚はそこを寝室にしていたようだ。村田が寝室にしているのは子供部屋だろうか。それが二つある。一つは使っていない。物置だ。
 さて、怪談。
 もうお分かりのようにあのソファーだ。
 トイレは子供部屋と居間との間にある。トイレのあるところが、ちょうど中央部で、キッチンや洗面所や風呂場などへ、その廊下で振り分けられている。
 だから夜中は子供部屋からトイレや洗面所へは行くが廊下の向こう側のリビングへは行かない。そこは仕事場のようなものなので。
 ある夜、村田はトイレの向こうにある居間の奥の窓際のカーテンが揺れているのを見る。廊下とリビングの間に扉はない。だから玄関口からその廊下が真っ直ぐに伸び、リビングの端まで見えるということになる。
 問題はカーテンではない。これは窓を開けていたため、揺れているのだ。
 昼間は暑苦しいのだが、夜になると、この時期ひんやりとする。それで、トイレに立ったついでに閉めにいった。そして振り返ると、ソファー。
 しかしソファーよりも先に人影を先に見る。ソファーを見ているのか人影を見ているのか、それは両方。
 ソファーでお婆さんが正座している。
 それを見たのは一瞬。錯覚にしても、形がはっきりとしており、あるべきものではないものがある。しかも物体ではなく、人間。
 最初見たときお婆さんだとは分からなかった。仏像のように見えたのだ。そしてぐっと目をこらすと、それがお婆さんであることが分かった。目は合わなかった。窓からの星明かりで、部屋は真っ暗ではない。カーテンは夏向けのレース、閉めていても暗幕にはならない。
 村田がソファーに近付き、もう少しはっきりと見ようとしたとき、消えた。
 きっと前の持ち主か、家族だろう。
 親戚がすぐに引っ越したのは、これかもしれない。
 それならソファーを捨てれば、もう老婆は出なくなるだろう。
 村田がそれを見たのは一度だけ。やはり何かと見間違えたのか、または全くの錯覚なのかもしれない。その後、変わったところはないし、ためしに夜中にソファーを見に行ったことはあるが、二度と出なかった。
 そのうち親戚の身内が結婚するらしく、それでこのマンションから村田は出た。
 その後、変わった話は聞かない。
 
   了


2019年6月27日

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