小説 川崎サイト

 

厳つい表情


 きびしく、いかつい。どちらもきびしい、いかついと同じ漢字だが、若干の違いはある。または怖い顔。いかめしい顔などもある。気難しそうな顔も。これは何が難しいのかは分からない。本人の生き方が難しいのだろう。難問ではなく、解き方が下手なのだ。
 厳しい顔は偉い人に多いタイプだが、偉くなくてもそんな顔で歩いている人がいる。一体何が偉いのだろう。身体がえらいのかもしれない。しんどいので苦しそうな顔になる。
 眉間に皺を寄せ、口を船のようにへの字にし、目は上目遣いで、ぐっと睨む感じ。
 岸和田はそういうタイプの人間だが、偉くも何ともない。生きていくのが偉いだけで、偉人ではない。
「その顔、やめた方がいいよ」
「肉面だ、交換できない」
「いや、その作ったような顔をやめろといっている」
「ああ、自然にそうなるんだ」
「何か、怒っているの」
「いや」
「じゃ、何」
「身構えているのかな」
「だから、そんな人を睨み付けるような怖い顔で歩いていると、より怖い人から因縁を付けられるよ」
「たまにある」
「それに恥ずかしいだろ」
「え」
「幸せではなさそうな顔、弱さを晒しているようなものなんだ。上手くいっていないことをお知らせするようなもの。レベルの低さを見せるようなもの」
「あ、そう。でも言い過ぎじゃないかなあ」
「上手くいっていない。心配事がある。嫌なことがある。ということをお知らせしているようなものじゃないか。ああ、この人、弱い人なんだと、思われるよ」
「じゃ、にこやかに」
「そうそう。それで、隙を与えない」
「でも、なめられそうだし」
「格闘技でもやるのなら別だけで、それは試合だから、そんな顔になるだけ。格闘家も普段は目尻が下がり、穏やかな顔だったりするかも」
「じゃ、どうすればいい」
「普通の顔でいればいい。顔の筋肉を使いすぎだよ。眉間の皺、それでできたんじゃないの。鼻から口に掛けての線もそうだ。深いシワができてる。顔に癖が付いたんだ」
「じゃ、どうすればいい」
「まあ、顔に力を入れないこと。力まないことだよ」
「分かった」
「深刻な顔に見えてしまう。それに君はいつも不機嫌そうだし」
「そんなに機嫌は悪くないけど」
「機嫌の悪そうな人、いつも虫の居所が悪そうな人に見られる。これは気付かって欲しいと特別扱いを願っているようなもの。フェヤーじゃない」
「威嚇になっていいじゃないか」
「いや、違う。私は弱いと言っているようなものだ」
「そうなのか」
「強い人間は辛くても顔に出さない」
「分かった。しかし、もうそんな顔にできてしまったから、力まなくても、そんな顔なんだ」
「いや、まだ今なら大丈夫。楽しそうでにこやかな顔をする必要はないから、普通の顔でいることだよ」
「これが普通の顔なんだけどなあ」
「力んでない」
「ない」
「深刻な顔をしすぎたんだなあ」
「うん」
 
   了



2019年7月1日

小説 川崎サイト