小説 川崎サイト



前向き

川崎ゆきお



「先生は前向きな態度に否定的なのはどうしてですか」
「では、何をもって前向きと言うのか?」
「当然前を見て、頑張り、努力することです」
「だから、その前とは、何処なんだ?」
「前方です」
「そんなことを聞いておらん。前とは何処かと聞いておる。方角じゃない」
「それは任意です。任意の目的、目標に向かってです」
「任意とは決まっておらんと言うことだな」
「建設的な方向ということで決まっています」
「だから、その建設も、任意じゃないか。答えになっとらん」
「つまり、先生は目的が悪ければ駄目だと言いたいのでしょ」
「そうだ」
「善悪の問題はここでの問題ではありません」
「悪もあるのだな」
「だから、正しいことで前向きの姿勢が大事だと言っているのです」
「正しいか、そうでないかは誰が決める」
「正しいと仮定しての話ですよ」
「誰にとって正しいのかな」
「その人もしくはその周囲の人々」
「それもまた任意だな。はっきりと決まっておらんということだろ」
「だからです、先生。態度や姿勢の問題で、善悪の問題ではないのです」
「では、前向きでの努力が会社や組織だけを太らせることになったとすれば、損ではないのか」
「ですから、厳密な問題じゃないのです」
「前向きの反対をやっておった社員のほうが結果的には会社を暴走させなかったことで、よかったのではないのか」
「それは一面です。暗い面だけを考えると、前向きな発想は生まれません」
「君はねえ、前向きの発想が正しいと思い込んでおらんか」
「前向きでないと明るい未来も生まれません」
「前向きでないと生きられんのは辛いじゃないか。自分に鞭打って走るようなものじゃ。それが健全とは思えんがな」
「先生、私は、そんなつもりで言っているのではありません。精神的な気持ちの持ち方の話なのです」
「ほほう、じゃあ、そんな気持ちで頑張らなければいけないような辛さがあるんだな。無理に自分を奮いたたせんといかん状況が」
「先生、それが現実です」
「それは君達が無理に作ろうとしておる現実ではないのかね」
「それはこの組織が生き残る道です。どうか前向きな答えをお願いします」
「組織じゃなく、君らが生き残る道だろ。悪いがもう退職したわしには、何の力も影響力もない。悪いなあ」
「そこを何とか前向きに……」
 
   了
 
 
 


          2007年7月9日
 

 

 

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