小説 川崎サイト

 

遊軍が立ち寄った村


 榊原の大軍は敵側面を襲うため大きく迂回していた。遊撃隊のような振る舞いだが、実はこれが本軍であり、主力。榊原家の馬印が見えるので、それと分かる。まさに堂々とした遊軍だ。別に遊んでいるわけではない。
 榊原家は大きく、正面から本街道を進む隊も規模は大きい。これは見せかけの主力ではなく、本物なので、こちらのほうが実は兵は多い。主力なのだから当然だろう。
 だが、当主は遊軍の中にいる。側面を突くという作戦を見たかったのだろう。
 ところが迂回しすぎたのか、榊原領を当然出ているが、敵の領内ではない。目前の敵ではなく、この辺りを勢力下に治めている下沢領。こことは敵でもなければ味方でもない。それほど大きな勢力ではない。下沢という勢力があることは知っていたが、何処から何処までが下沢領なのかは実際には分からない。はっきりとした国境がなく、出城も砦もない。
 榊原家とも隣接しているが、その中間は緩衝地帯のような荒れ地があり、そこには村も何もない。だから隣接しているといっても、境が曖昧なので、榊原領内にも出城はない。警戒する必要がないためだ。
 さて、その下沢領の中に入り込んだことを側近が知らせるが、下沢の兵が出てきたわけではない。小さな村があり、普段通りの暮らしをしている。ここは下沢領に属する村なのだが、それも曖昧。下沢家そのものが榊原家のような領主とは少し違うのだ。だから領主と領民という関係が希薄なのが下沢家の特徴。
 また、下沢家の勢力圏内にあっても、独立してる村がいくつもある。年貢を払っていないのだ。
 ある意味、この下沢領は平和なのだ。戦いが少ない。領内での争いはあるが、村と村の争い程度。下沢家が仲裁に入る程度だが、村同士が解決していることも多い。問題は外からの攻撃。そのときばかりは下沢家が兵を集め、外敵から村々を守るのだが、一番隣接しているのは榊原家で、下沢領には興味がないようで、侵略しに来ない。山岳部の中の村々など治めるのが大変ということもあるし、奪い取るほどの場所でもない。これが今後戦略上重要な軍事拠点になるのなら別だが、下沢の山々の向こう側はさらに山々が連なる。そんな奥へ進んでも仕方がない。
「どう致しますか殿」
「知らずと入り込んだ」
 しかし下沢領に大軍で入り込んだことにはかわりはない。村人も驚き、すぐに下沢家の館へ人を送った。
「丁度よい、休憩致そう。馬も水が欲しいじゃろ」
 殿様と旗本の一部だけが一番大きな農家で休んでいると、すぐに使いの老武者が来た。鎧は着けてない。
「えーと、どなた様でしたかなあ」
 取り巻きに、それとなく聞くと、お隣の榊原の殿様らしい。しかもおびただしい大軍。だが、攻めてきたとは考えない。そんなことは一度もないためだ。
「用はない。休憩で寄った。領内を通るが、いいかな」
「ああ、戦でござりましたか、前田殿ですかな、敵は」
「ああ、宿敵なのでな」
「それはそれは」
 下沢の老武者は村人に命じ、行く先々の村々に、お通りじゃということを伝えに行かせた。
 前田家との戦いは、この遊軍が横から突いたため、大勝利を収めた。
 この榊原の若き領主は、その後領土を広げ、大大名になるのだが、本領のすぐ近くにある、あの下沢領のことなど、すっかり忘れていたのだが、ある日、遊軍で立ち寄ったときを懐かしがり、下沢領は今どうなっておるのかと聞いた。
 すると、相変わらずあの一帯は下沢家が押さえているとのこと。もう数十年経つのだが、相変わらずらしい。
 秀吉が天下を統一し、家康が幕府を開いたあとは、この下村領は榊原家の藩領に組み込まれたが、相変わらず下村家に任せたままのようだ。
 
   了

 


2019年7月8日

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