小説 川崎サイト

 

社神


 西村は一流企業の正社員だが、業種とはまったく関係のない仕事をしている。そういった雑用的なことは珍しくはない。そのため、社の本業と関わりは何もない仕事なので、業務内容に感しても疎い。よく耳にする企業なので、誰でも知っている。それでその業務と関連付けた印象を人に与えてしまうのだが、関わっていないのだから、詳しいことは分からない。
 その社にいるからといって、その社らしい人とは限らない。
 西村には同僚がいない。上司はいるが、その上司も西村に任せている。今では一番詳しいのは西村だが、担当になってから学んだもので最初は素人に近い。
 同僚に近いのは冠婚葬祭、特に葬式系の担当者だ。しかし専任ではない。
 西村の直接の上司は、総務とか庶務とかではなく、会長。係長、課長、部長、専務、社長を飛び越して会長。しかし、西村はまだ若い。
 別の特務を帯びているわけではない。なぜなら社の業務とは関係しないためだ。
 西村が担当しているのは神様。社神というのは存在しないが、会長が昔から信仰している神様がいる。社長は息子ではないので、関係はないのだが、一応社神となっている。会長時代に決まったことで、会長が会社を興す前からの神様。会長が子供の頃から庭にあった神様で、だから会社とはまったく因果関係はない。業種にあった神様ではなく、会長の家に昔からあった庭の祠。そこに祭られていたのが白髭様。これが社神となり、それを祭る一室が社屋にある。西村はその担当。だから神主のようなものだ。
 西村は五代目に当たるらしい。担当者が地方へいってしまったので、その後任。
 西村はそれまでは研究室にいた。特に成果はないものの、この社の業務と深く関わる大事な仕事だった。
 会長が研究室を視察に来たとき、西村の顔を見て、これはいいと思ったようだ。神主顔というのはどんな顔なのかは会長のイメージを超えない。会長だけが思っている雰囲気だろうか。
 西村は公家のような顔をしている。ドラマなどで出てくる公家顔に近い。それと神主のイメージがだぶるのか、会長は、こいつだと後任に決めたようだ。印象としては眉が薄く、唇が薄い。
 白髭明神とは猿田彦のことらしいが、会長が聞いているところでは、ただの白い髭を生やした仙人のような老人で、いわばただの縁起物。家の守り神らしい。
 会長の家と会社とは関係はないが、それを持ち込んでいる。息子はいるが、出来が悪いので、右腕と頼む部下を社長にしている。だからこの社長は白鬚様を見ても何とも思わないらしい。お稲荷さんやエビスさんのような商売繁盛とか、豊穣とか、その程度の認識。
 この神様、本社社屋だけではなく、支店、営業所にも祭られている。西村の担当はそれらの管理。
 社外にあるネット系のサーバーをたまに見に行くようなものだ。動いているかどうか、コードが外れかけていないかとか。
 当然祝詞もある。これは白髭明神とは関係のない言葉で、会長宅に伝わっている。ただの土着信仰、民間のマジナイのようなものだが、その文句を一応西村は諳んじられる。お経よりも意味が分かるので、覚えやすかったらしい。
 全国に散らばっている支社支店、営業所、そういうところを全部回る。
 だから社の業務とは全く違うが、意外と全部の施設を回るので、これは隠密ではないかと言われている。お庭番のようなものだ。
 しかし、そんな使命は会長からは受けていないようだ。
 
   了
 


2019年7月17日

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