小説 川崎サイト

 

何ともならない夢


 覚えていないが、何か奥深いところにあるような夢を見た。最近そんな夢をよく見る。まるでシリーズ物のように。何かの特集だろうか。
「覚えていないと」
「はい、目が覚めたときはしっかりと覚えているというより、それに浸っていたりしますが、しばらくすると溶けてしまいます」
「どんな夢ですか」
「ですから覚えていないのです」
「何夜も見られたのでしょ」
「はい、連続して一週間ほど」
「でも、どれか一本ぐらいなら覚えているでしょ。まったく記憶から消え去るわけじゃないですから」
「昔の記憶です。それが蘇りました。それさえ滅多に思い出さない。ましてやそれが夢で再現されていても、実際の記憶以上に夢の記憶は残らないものですよ」
「しかし、僅かでも」
「何かのシーンです。断片的な。しかもそれほど古い時代じゃない。いや、かなり昔のもあったような気もしますが、何せ忘れているので、分かっているのはその程度」
「寝ている間に色々と整理されているのでしょ」
「整理」
「ハードディスクのメンテナンスのようなものですよ。断片化ファイルの整理。無駄な穴が空きますからね。そのとき、飛び出たのでしょ」
「何が」
「ですから、アルバムの整理中、ある写真に目がいって、しばらくそれを見ていたとか」
「そういう例ではないと思いますが、何か調整しているのでしょうねえ」
「記憶だけではなく、身体の中も、色々と寝ているときに調整しているものですよ。これはメンテナンスです」
「それはいいのですが、何か深いものに突き刺さったとか。非常に残念で仕方がないとかの未練とか、そういうものを感じました。その中身は忘れましたが」
「夢の中では釣り落とした魚がわんさと釣れるものです」
「そういう喩えではないと思いますが」
「それで、どうなりました」
「目が覚めたとき、ため息が出たり、また深い層に突き当たり、あの頃のあのシーンにまた戻らないといけないのかとか、しかし、そこへはもう二度と戻れないので、何ともならないしと」
「あのう、覚えていないのに」
「中身は覚えていませんが、そういうことを感じたことは覚えています」
「荒唐無稽でしたか」
「いえ、どの夢も淡々としていました」
「ほう」
「どちらにしてもしみじみしてしまいましたよ」
「しかし、夢の中身が分からないのでは、何ともなりませんねえ」
「覚えていても、何のことやら分からないような話やシーンだと思います。本人でないとね」
「はい」
「昔といいますかついこの間のことでもいいのですが、気になっていたこととかですかね。それを思い出させるような夢でしたが、思い出せないのですから何ともなりません」
「あのう」
「何ですか」
「夢の話を聞きたいのです。だから中身を覚えていないような夢では、それこそ何ともなりません」
「ああ、そうですなあ」
 
   了


2019年7月20日

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