小説 川崎サイト

 

夏の思い出


「夏を感じるのはどういうときですか」
「そりゃ暑いときですよ。時と場所を選ばず、感じますよ。ただ冷房の効いたところは別ですがね。それでも冷房でも効かない暑さだと夏を感じますよ。さらにね」
「もうちょっと情緒的なことでありませんか」
「情緒」
「軽いエピソードで結構です」
「子供の頃ありましたねえ」
「朝顔とか」
「観察日記は書いたことがありません。そうではなく、海です」
「海水浴」
「そうです。その夏始めて行く海。砂浜の砂が熱い。そこはさっと走り抜けて波打ち際まで出る。寄せたり引いたりで、陸になったりならなかったりしている波打ち際。ここはもう足の裏は熱くない。さて、そこから海に入るのですが、そこからです。夏を感じるのは」
「はいはい、どのような」
「腰まで浸かり、徐々に胸まで入る。心臓麻痺を起こさないようにね。やはり少し冷たいです。そして、沖へ向かって泳ぎ出す。足が着かないあたりまで泳ぎ進んでいるときの前方の海と空。半々。そこへ向かっているとき、夏を感じます」
「子供が」
「はい、子供ですから、自然の中に入ると、更に動物的になるのでしょうねえ。下手をすると溺れる。私は泳ぎは達者じゃない。犬かきか横泳ぎができる程度。立ち泳ぎもできますがね。平泳ぎは顔に水を被るとそこで止まります。だから立ち泳ぎのような平泳ぎか、犬かきです。そして進むうちに沖に出ていく。出過ぎると戻れない」
「はい」
「私にとって海は無限なのです。しかし、私は有限。泳いで戻れる距離までですからね。そこへ向かっているとき、海や空と同時に夏を感じました。今年も、こうして夏の海で泳いでいると。海水浴なんて、夏休みの間に二回か三回ぐらいでしたからね。毎週行きたかったのですが、天気が悪かったりしますし、親の都合もありますからね。まだ小さいので、一人じゃ行けない」
「要するに空と海ですか」
「空だけでも十分です。夏の空。これは定番でしょ。夏を感じる」
「そうですねえ」
「それを海の上から不安定な姿勢で眺めていた子供時代が最高だった。同じ青い空と白い雲でもね」
「はい」
「ふと見上げた夏の空という感じですが、水平線を見ながら見ていたので、真っ直ぐ前を見ていると、海と空が半々。そこへ向かって進んでいるのですよ。これは最高でしたよ」
「有り難うございました」
「ありふれた話で申し訳ない」
「いえいえ」
 
   了
 


2019年7月21日

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