小説 川崎サイト

 

ある独立


「これは身体によくないなあ」
 北村は勤めていたのだが、独立し、自宅で仕事を続けていた。業務内容は同じ。だから違和感がない。家でやるようになると、通勤がなくなった。それに費やされる往復の時間や、昼に食べるランチやそのあとのコーヒー代もかからなくなったし、また帰りの寄り道で余計なものを買ったり、飲んだり遊んだりする機会も減った。いずれも使わなくてもいいような金だった。
 さらに疲れればいつでも横になれる。こんな楽なことはないし、仕事は直接取引なので、勤めていた頃の給料の倍以上あるし、その仕事は途切れないため、将来も安定している。当然複数の取引先を持っており、新たに加わるところもできるほど。独立してよかったと、思ったものだ。
 ところが数ヶ月後、身体を壊した。仕事をやりすぎたのだろう。休みの日を作らなかったし、一日中仕事をしていた。別に忙しいわけではない。
 仕事はやればやるほど儲かる。だから働いた分だけどんどん増える。だから休んだり遊びに出たりするよりも楽しかった。
「これは身体によくないなあ」と思い出したときは、もう手遅れのようなもので、かなり身体を壊していた。特に食べるものが片寄っていたり、インスタントものや、適当なもので済ませていたためだろう。そしてほとんど運動はしなかった。
 それで、仕事に向かう気力も失せたので、しばらく休むことにし、休養を取った後、元の会社に戻った。
 決まった時間に起き、出社し、決まった時間にランチに出て、色々な店で色々なものを食べた。以前と同じように。そして定時になると、さっと帰り、寄り道して帰った。
 休みの日は、観光地へ出たり、散歩や、サイクリングで汗もかいた。そして夜更かしすると朝、起きられないので、決まった時間に床に就いた。
 健康はもうすっかり戻ったが、収入は減った。しかし、こちらのほうが気楽だと分かったので、もう独立する気は起こらない。
 身体を壊した理由の中にストレスもあった。取引先とのトラブルで、面倒なことになった。一人で解決しないといけない。上司の助け船も、相談相手もいなかった。
 独立したほうが気楽にできると思っていたのだが、違っていたようだ。
 
   了


2019年7月23日

小説 川崎サイト