小説 川崎サイト



狐狸

川崎ゆきお



「狐が人を化かす話、最近聞かないねえ」
「タヌキの話もそうですねえ」
 社長は山里の写真を見ながら、その雑談を始めたようだ。郊外の古い家を周旋するためのパンフレットの写真だ。
 退職後、過疎地の民家を買い、老後田舎暮らしの需要が増えていた。
「君は狐狸を見たことあるかい」
「コリですか?」
「狐や狸のことだよ」
「テレビで見ましたが」
「本物は?」
「動物園で見た覚えがあります。印象が違いますねえ」
「そりゃそうだ。狐と狸じゃ違うさ」
「いえ、マスコット人形の狸と、全然違いました」
「信楽焼きの狸が先行しとるんだろうな」
「狐も、お稲荷さんとは全然違ってました」
「どちらも化けたのかもしれんなあ」
 狐が狐に化けたという意味だ。
「どうかなさいましたか」
「だから、聞かないな、と、言ってるんだ」
「騙されたり……の話ですねえ」
「昔あって、今はない」
「そうですねえ」
「じゃあ、最初からなかっただな」
「狸も狐も、今もいますものね」
「狐憑きの話も聞かんねえ」
「そうですねえ」
「きっと、同じことが起こっておるんだろうけど、狐狸の仕業とは言わんようになっただけかもしれんよ」
「そういう時代だから、こんな野中の家も売れるんですよ。引っ越そうと思うお客様がおられる」
「いいこと言うねえ」
「幸い幽霊屋敷もないようですし」
「お化けのクレームはないねえ。昔、あれだけ狐や狸に悪さされた話、あったのにねえ」
「きっと都会に流れて来たのですよ」
「そうだね。狐狸に騙されるわけじゃなく、狐狸のせいにするところの何かがあったんだよ」
「どう言うことでしょうか」
「騙す人間がいたってことだろ」
「ああ、なるほど」
「まあ、いたずら程度は狐か狸があてがわれたんだろうな」
「興味深い説ですねえ」
「じゃあ、このパンフレットでいいから、配るように」
「はい」
 社長は狸のような顔で、部下は狐のような顔をしていた。
 
   了
 
 
 


          2007年7月12日
 

 

 

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