小説 川崎サイト

 

歩く市松人形


 竹中は地方都市の繁華街の奥にある町が気になった。商店街が終わるところだが、安い飲み屋を探して、そこまで来てしまった。駅前からアーケードが続いているのだが、その天井がなくなり、しばらくは店舗と住宅が半々状態が続き、やがて普通の家しかなくなる。その際までいったのだが、安い居酒屋は見付からない。立ち飲みではなく、カウンターでもなく、テーブルのある飲み屋を探していたのだ。それは入口近くで数軒見付けたのだが、どこも満席に近い。そういう夕方の時間帯だったので、これは仕方がない。それで奥へ奥へと入り込んだのだが、宴会ができそうな大きな居酒屋が何軒が軒を連ねていたのを最後に、あとは半分以上閉まっていた。昼間にしか用のない店なのかもしれない。
 ただ喫茶店は奥へ行くほど残っており、いずれも個人喫茶。これは意地で張り合っているのだろうか。
 それで飲み屋だが、結局は引き返し、入口近くに集まっている安い店に入った。相席になったが、テーブル席。そこで天ぷらの盛り合わせとビールを飲み、駅裏にあるビジネスホテルで一泊した。
 それだけの思い出なのだが、商店街の端から向こう側へと続く町を思い出したのだ。もう夕暮れで、その先までは行かなかったが、古い家々が残り、大きな木が奥の方に見える。それも何本も。まるで森だが、山は遠い。
 そういう町が拡がっているのを確認しただけで、引き返したが、小さな女の子が着物姿で歩いていた。後ろ姿だ。夏のことなので、夏祭りでもあるのだろうと思っていたが、浴衣ではない。
 目は飲み屋の看板ばかり注意して見ていたので、その女の子の姿が目には入っていたが、子供がいる程度の認識。まあ、宅地なので、子供ぐらいいるだろう。何の不思議もない。
 これを急に思い出したのは、ある怪談を読んだため。市松人形。
 しかも歩く市松人形。からくり人形ではない。
 竹中の記憶では浴衣ではなく、この市松人形が着ているような部厚めの着物。夏にそれはないだろう。しかし、何かの芸事へ通うところか、戻るところかもしれない。
 その怪談はフィクションで、よくある人形綺譚。
 だが、フィクションとはいえ、その歩く市松人形の目撃者は全て外部の人らしく、町の人ではない。外から来た人。しかも始めてその地を踏んだ人にしか見えないらしい。
 竹中はそれに該当している。それで、気になったのだ。
 
   了

 
 


2019年8月2日

小説 川崎サイト