小説 川崎サイト

 

提灯小僧


 雨ばかりの日が終わると暑いだけの日々が続く。
 倉田はのびていた。暑さでやれたのか、またやられつつある状態か、どちらにしても暑くてえらい。
 こんなとき思い起こすのは、闇の事々。頭の中が熱暴走でも起こしたのか、閉じていた扉が多く開く。そこは入ってはいけない闇の領域。
 今までとろんとしていた目が獣のように見開き、何かを見ている。目の前のものではない。頭の中のある領域に入り込んだため、眼差しが鋭くなったのだ。
「いけないいけない」
 しかし、さらに見詰めていると古い路地が見えてくる。その狭いところに提灯明かり。
「出たか。やはり」
 それは提灯小僧。丁稚のような姿の子供だ。
 暑い日は昼寝で過ごしている妖怪博士だが、提灯小僧が出たという人が現れた。提灯小僧よりも、それを言いに来た人間の方が怖い。
「暑さで頭をやられたのでしょ」
「その状態になって入り込める世界があるのです。異界です」
「その異界で提灯小僧を見たと」
「はい、すれ違いました」
「彼はどうしていました」
「か、彼」
「提灯小僧ですよ」
「そのまますっと先へ行きました」
「すれ違ったのでしょ」
「そうです」
「あなたは路地に入り込んだ」
「そうです」
「そのとき後ろを見ましたか」
「いいえ」
「その後ろ側とは、あなたが最前までいた場所じゃないのですかな」
「さあ」
「それで、提灯小僧の反応は何もなかったわけですかな。あなたを見るとか」
「ありませんでした」
「それで、どうなりました」
「提灯小僧を見たところで、戻りました」
「その路地を引き返した」
「はい」
「じゃ、そのとき提灯小僧の後ろ姿があったはずですが」
「もう消えていました」
「つまり、あなたはその路地にいきなり入り込んだ。最初から路地の中にいた。実際に歩いた距離はないでしょ」
「数歩歩きましたが」
「つまり、あなたは突然路地の中に姿を現したことになりますな」
「はあ」
「どんな路地です」
「古い家で挟まれたような」
「何処だか分かりませんか」
「はい、見たこともない場所です」
「しかし」
「はい」
「何故提灯小僧なのですかな」
「さあ」
「子供の妖怪は結構います。たとえば三つ目小僧や豆腐小僧がそうです」
「はあ」
「豆腐小僧は豆腐を水の入った器に入れて運んでいるところです。目的があります。何をやっているのかが明快な妖怪。それで、あなたが見た提灯小僧なんですが、目的は何だと思います」
「暗いので、提灯を灯して帰るところだと思いますが」
「その提灯小僧、よく見ますか」
「たまに見ます。一夏に二回ほど。特に暑い夜に」
「夏の」
「そうです」
「まあ、気にしなくてもいいでしょ」
「そこは別世界です。異界です」
「まあ、頭の中に異界があるのでしょ」
「じゃ、何故提灯小僧がいるのでしょ」
「そんなもの、提灯小僧でも、ムジナでも、鎌鼬でも何でもいいのです。たまたま提灯小僧だっただけのことです」
「解説、有り難うございました」
「しかし、小僧というのは曲者じゃな」
「そうなんですか」
「子供の持つ、何かだ」
「あ、はい」
 
   了



 


2019年8月5日

小説 川崎サイト