小説 川崎サイト

 

不便な話


「最近少し不便なものに憧れております」
「便秘ですか」
「違います。便利ではないもの。しかし機能は果たせます。不便だからといって便がないわけではない。まあバスの便が悪いとかはありますが、一時間に一便なら、逆に分かりやすい。逆に一時間に数便あるとしましても、今出たところでは何分か待たないといけない。乗り降りの多い路線なら、次から次へと来ますから、待つというほどではない。ただ、ローカル地下鉄は便が少ない。かなり待たされますがね」
「ローカル地下鉄ですか」
「はい、新線でしょ。あれば便利という程度のもので、流行っていない路線です。待つ間、退屈です。風景もない。室内と同じですからね。鳥も飛んでいない。遠くの山の木々などの変化も分からない。当然四季の草花も。これはやはり田舎のローカル駅のほうがいい。一時間に一本の便でもね」
「そういう不自由なものに憧れているのですか」
「不自由じゃない。のんびりしたいだけです。順番を踏んでね」
「手間暇を掛けるほうが充実すると」
「さあ、それはどうだか分かりませんが、便利になりすぎて消えてしまった間合いというのがあるのです。この間合いの中に美味しいものが実は含まれていたのですよ」
「そうなんですか」
「まあ、これは気持ちに余裕がなければ楽しめませんがね。何でも機械、オート化の世の中でしょ」
「AI時代です」
「人が犯すミス、これがよかったりします」
「それは危ないでしょ」
「まあ、どうでもいいようなことに限られますがね。もし手順を踏んで、昔通りやればどうなるかなどに興味がいきます。手間がかかりすぎて駄目だから、どんどん進歩したわけですが。それじゃ味気ない。ミスやロスに味があるのですよ」
「それは違った意味での楽しみですね」
「意味を違える自由さが欲しいですからね」
「変わっておられる。しかし結果を残さないといけない用事では無理でしょ」
「そうですなあ。それはありますが、もう結果を残さなくてもよくなれば、慌てる必要もありませんよ。ゆっくりやればいい」
「無い物ねだりかもしれませんねえ」
「そうでしょうねえ。なくなってしまったからいいのでしょ。戻れないからいいのでしょ」
「はい」
「長々とつまらない話を聞かせて、申し訳ない。何の役にも立たない話でした」
「しかし、役立たない話は面白いですよ」
「そう言って頂けると有り難い」
「しかし、フェリーはいつ来るのでしょ」
「台風が来てますからねえ」
「出ますかねえ」
「欠航とはまだ決定していないようです」
「じゃ、待ちましょう」
「はい」
 
   了



 


2019年8月6日

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