小説 川崎サイト

 

寝起き違える


 遠いところから戻ったように、木村は目が覚めた。眠っていたことは分かる。そして起きたことも。そして、それはいつもの朝で、昼寝ではないことも。そして、ああ、また自分をしないといけないのかと思いながら、身体を起こす。別に病人ではない。
 いつもの自分の部屋であり、寝床。ああ、また、これをしないといけないようだと、あたりまえのことを考えるのは、遠いところへ行っていたためだろう。単に熟睡していただけ。しかし、何度か夢を見たが、起きると同時に忘れた。子供の頃の夢だったように思うが、どんな話だったのかは忘れている。
 目覚めたときは当然今の年齢。物心が付いた頃から繋がっている記憶の最先端だ。しかし、ああ、この年とこの身体に戻っていたんだなと、これもあたりまえのことを思いながら朝の支度をした。
 今日もまたこれから一日自分をやらないといけない。自分以外の他人にはなれないし、過去の自分にも戻れないのだから、この今の自分をやるしかない。あたりまえすぎて、考える必要もないだろう。
 しかし、先ほどまで、こういうところではなく、こういう自分ではなく、もっと遠いところにいたように思える。そういう夢を見たのかどうかさえ分からないが。
 部屋を見回すと、昨日の続き。夜食で食べたときの食器などがそのままあるし、汗で濡れたシャツがハンガーにぶら下がっている。この前買った4Kテレビが見慣れない物体としてあるが、もう部屋に馴染み掛けている。
 昨日まで蚊に刺されて痒かったところは、もう気にしなくてもよくなったが、まだ赤いところが残っている。
 間違いなくこれは自分であり、自分の部屋。おそらく外に出れば、いつもの町内であり、町並みであり、季節も昨日と同じ真夏の空。
 ああ、ここにまた戻ってきたのだなと、思う方が妙だ。これが旅先から戻った翌朝なら分かるが。
 木村は支度ができたので、表に出た。朝食は抜きだ。途中にある喫茶店でとる。
 そしてドアを開け、外に出た瞬間、くらっときた。目眩ではない。世界が回ったような眩み方。
 特に表の風景に変化はない。しかし、これは違うと直感的に分かった。
 少し違うのだ。それは差違というもので、同じ箇所よりも違っている箇所のほうがよく見える。
 目立たないものの、ブロック塀の段数が違う。八段が七段になっており、高さは同じなので、ブロックの一つ一つが大きいのだ。
 いつも路上駐車している車の色が違う。灰色の車だが、それがかなり黒っぽい。色目は同じだが濃さが違う。
 夏みかんが成っている塀沿いの庭があるのだが、青さは同じだが、どれも大きすぎる。これは別の品種かもしれない。
 その他、数え出せばきりがないほど、違いが見付かる。まるで間違い探し。
 朝の目覚め、遠いところから戻ってきたような気がしたが、戻りきっていないのかもしれない。
 またはいつもの木村の世界がきっちりとお膳立てし切れていないのかもしれない。まだ、未完成なのか、いつもの世界が準備されきっていないのだろうか。
 そして駅へ近付くほど、つまり部屋から離れるほど、風景が荒っぽくなってきた。
 そのうち建物が途切れだし、何もない土地が増えだした。
 さらに進むと、更地ばかり。
 寝違えたのではなく、寝起き違えたのかもしれない。
 
   了


2019年8月11日

小説 川崎サイト