小説 川崎サイト



落とし穴

川崎ゆきお



「能とか狂言とかは観る?」
「観ないですよ」
「そうだろうなあ」
「どうかしましたか?」
「イベントを頼まれてね。オーナーは狂言をやればどうかと言うんだけど。若い人の感想を聞きたいんだ」
「テレビでやってますよね」
「やってるのか」
「だから、ニュースとかで」
「本物を観たことはないの?」
「ないですよ」
「観に行く気は?」
「ないです」
「どうしてかな?」
「プロレスなら行くかも」
「じゃあ、演劇は?」
「友達に誘われたら行くけど」
「能や狂言を誘ってくる友達はいない?」
「いないです」
「両親とかはどう」
「行ったことないと思います」
「お祖父さんとかお祖母さんは?」
「爺ちゃんの親が歌舞伎に行ったことあるって」
「ほとんど縁がないんだね」
「はい」
「それは、面白さを知らないからじゃないのかな」
「だから、テレビでちょっとやってるところ観ただけで、もういいです」
「いいって?」
「あれで分かりますよ」
「どう分かる?」
「話も分からないし、何言ってるのか聞き取れないし」
「それが壁なんだろうねえ」
「でも弟が学校から観に行ったって」
「で、弟さんの感想は?」
「怖かった」
「そうか……大体分かった」
「好きな人いるかもしれませんよ。でも友達のなかにはいないなあ。想像できません」
「狂言師は知ってるかな」
「テレビに出てる人でしょ」
「あの人が出たら行く?」
「はい、話のタネに」
「無理なんだなあ。それで人を集めるのは」
「話題にもならないと思いますよ」
「オーナーはね、日本の古典が穴だというんだけど」
「穴が開いてるんですか」
「そうだね。落とし穴だ」
 
   了
 
 
 


          2007年7月14日
 

 

 

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