小説 川崎サイト

 

ダンジョンあります


 大人しく目立たない社員だが、いつも何か含むもの、腹に一物あるような顔をしている。これは顔には当然出ない。目鼻のどんなレイアウトでも、そこまで特定できる特徴にはならない。だが、仕草、ものの言い方の節々にそれが現れる。だが、それは不満があってのことではなく、何か不安そうで、またそれでいてランと目が輝くこともある。これも光線状態でそう見えるのかもしれないし、そんな輝く目というのも、何処がどう輝いたのか、光ったのかは分かりにくい。
 だから具体的にはどうということはなく、しいて言えば雰囲気だ。これは細かいところを見ても見えてこない。全体的な態度のようなもので、現れる。醸し出される。
 ただ、目立った存在ではなく、問題を起こすような社員ではない。地味だが真面目に働いている。文句の付けようがない。ただ、態度が少し妙という程度。
 部長はその話を聞いて、その平田に聞いてみた。課長はこの会社にはいない。課長の代わりに主任がいるが、いなくてもかまわないような存在。だから部長が直々指揮している。平社員が圧倒的に多いのだが、部長が当然一番年嵩。下手に係長や課長がいるよりも、上手くまとまっていた。
 平田の様子がいつも何となくおかしいというので、何か思うところでもあるようなので、聞いてみることにした。これは暇なのだ。
 しかし、この部長、部下の一人一人にいつも目配りをしており、非常にいい人だ。
「何かあるのですかな」
「いえ」
「ここ最近じゃないですか。様子がおかしいらしいですねえ。何か伝えたいことでもあるのですか」
「いえ」
「落ち着きがなくなっていると聞いています」
「いえ」
「プライベートな心配事には流石に私も無理ですが、社内のことでなら、何とかしますよ」
「はい」
「社内ですか」
「はい」
「ほう。言ってください。秘密にします。君から聞いたとは絶対に言いませんから」
「はい」
「社内ですね」
「社屋です」
「社屋。このビルですか」
「はい、この本社ビルです」
「何か不備でも。しかし、人じゃなく、社屋。社屋のこと、つまり建物でしょ。それが原因で妙になったというのは、解せませんが」
「地下室です」
「地下は駐車場でしょ」
「その下です」
「機械室でしょ」
「その下に」
「え」
「その下にあるのです」
「何が」
「ダンジョン」
 部長は静まった。
「地下ダンジョンへの入口があるのです」
 部長に声はない。
「機械室の奥に扉がありまして、それを開けると地下へ続く階段がポッカリと空いていまして、そこを下りると広いフロアに出ます。そこにドアが二つ並んでいます。一つはダミーで、ドアだけです。本当のドアを開けると、奥へ続く通廊が」
「少し待ちなさい」
「はい」
「君はそれを見付けたと」
「はい。でも言い出しにくくて」
「奥へ入りましたか」
「はい。何度か挑戦しました」
「昼休みから戻るのが遅い日が多いというのはそのためですか」
「そうです」
「それで」
「はい、奥に行くと、地面に動くものがあります。地面を這うような。大きなピザぐらいの大きさで、ナメクジのような気持ち悪い軟体性で」
「スライムだよ」
「はい」
「色は」
「青です」
「赤に気をつけろ。青は攻撃してこないが、赤は攻撃してくる」
「はい」
「もうよろしい。仕事に戻りなさい」
「部長も、あのダンジョンをご存じだったのですね」
「スライムの次は蝙蝠が来る。その中に毒を持っているのがいる。それにやられると大変なので、解毒薬を持って行くように」
「はい」
「忘れると命取りだ」
「注意します」
「よし。じゃ、もう仕事に戻りなさい」
「はい」
 部長は、この平田とパーティーを組んで、今度はもっとダンジョンの奥まで行くことにした。それには平田のレベルがもう少し上がるまで待つ必要がある。
 
   了
 


2019年8月27日

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