小説 川崎サイト

 

家系図が届く日


「秋の長雨ですねえ」
「そうですねえ」
「どうかしましたか、息が弾んでいますが、途中何かありましたかな」
「少し遅れたもので、急いで自転車を漕いできたのです」
「急ぐほどのことじゃないでしょ。多少遅れても問題は何もありませんよ。約束事ではないのですから」
「そうじゃなく、宅配便が届くのです」
「じゃ、家にいればいいでしょ。留守にしないで」
「いえ、まだ時間があります」
「時間指定ですか」
「そうです。二時から四時までの間です」
「もうすぐ二時ですよ」
「だから、二時までに間に合うように、急ぎました」
「急がなくても」
「いえ、出遅れたのです。他の用事がずれ込んで、いつもの時間に出られなかったのです。ここに来て、あなたとお話しして、戻ってくれば二時前になっています。しかし、出遅れたので」
「それで、急いでこられたのですね」
「そうです」
「息が切れるほど、自転車を漕いだのですな」
「傘を差しながら全速で突っ走ってきました」
「危ないですよ」
「しかも風が強く、傘が煽られるので、足よりも腕や手首や指のほうが疲れましたよ。そこで体力を余計に使い、一寸息が弾んでいます」
「まあたまに激しい動きをするのもいいでしょ」
「はい」
「で、間に合うのですか」
「二時まで、もう少し時間があります。戻る時間込みで、まだまだ大丈夫です」
「それは気忙しい。ゆっくり話せないじゃないですか。遅れるといけないので、帰りも猛スピードで戻られるのでしょ」
「それはできればそうしたいという程度で、ゆっくりでもいいのです」
「それじゃ遅れるでしょ」
「二時から四時までですが、いつも二時に来たためしがない。四時前に来ることが多いのです」
「早いときは?」
「二時半頃です。今までで一番早かったのはこの二時半で、あとは四時前か三時台が圧倒的に多いのです。だから、二時に戻っていなくてもいいので、本当は余裕があるのです。でも、もしものことがありますからね。二時に来るかもしれない。だが、絶対に来ません。その記憶がありませんから」
「今日は室町時代における源氏の系譜、これは傍流の話ですが、どうします」
「足利氏以外の源氏ですね」
「新田氏のほうが本流に近いのですがね」
「あ、そろそろ」
「そうですか。じゃ、急いで戻ってください。これじゃ落ち着いて話せませんから、今日は私も気が乗らない」
「はい、続きはまた今度」
「で、何が届くのですかな」
「家系図です」
「ほう」
「偽物です。これを落札したのです」
「ああ、それが届くと」
「はい、明日、持ってきます」
「ほう、それは興味深い」
「じゃ、これで」
 こういうときに限って宅配便は二時過ぎに来ていた。
 しかし、すぐに再配達で、受け取ることができた。
 しかし、その偽物の家系図。偽物の偽物だった。それなら本物ではないかという話にはならないようだ。
 
   了

 


2019年8月31日

小説 川崎サイト