小説 川崎サイト

 

捨て身の技


 狙いすぎたものよりも、何でもいいから適当にやってしまったほうが上手く行くときがある。これは狙っているものの重要性にもよる。どうでもいいようなものなら狙っても狙わなくても、拘ったり拘らなくても大差はない。結果は似たようなもの。そして用が足りておれば、それでいい。ただ趣向品は別。その用途は趣向に合ったものに限られる。同じ用途でも、その用途よりも、そのものが良いのだろう。
 大事な用件や用途では趣味趣向や好みなどは二の次で、その用が果たせることが第一。このときは慎重に吟味するはずなのだが、狙いが外れることもある。慎重に検討したのだから、まずまずの標的の中に当たっているのだが、ど真ん中は滅多にない。
 また、僅かな誤差でも狙いが外れたことが気になる。狙いすぎた場合はそうだ。
 寛容範囲内に入っておれば、それで用は足せるのなら、ど真ん中でなくてもかまわない。
 逆にあまりやる気がなく、もう適当で何でもいいと思っているとき、意外とど真ん中を射貫くこともある。また多少外れても、何とか標的内に入っておれば、それで満足。真ん中を射貫くことなど考えていないためだ。
「なるほど、それが極意」
「いやいや、これを意識してやると、逆に失敗します。何でもいいから適当に、というのが狙いになりますからね。それにそう意識した瞬間、当たるものまで当たらない」
「難しいものですね」
「だからやはり意識して普通に狙うのが正解ですよ。そのほうが安全です」
「折角いいことを聞いたのに、活かせないとは残念です」
「そんな人から聞いた程度の入れ知恵じゃ、何ともなりませんよ。身に付かない。だから、実戦では何一つそれらの技が出せない。自然に身に付けた動きじゃないからです」
「教訓が活きないと」
「金言もね」
「どうしてでしょう」
「聞いただけなので」
「じゃ、さっぱりですねえ」
「しかし」
「まだありますか」
「何でもいいから適当に、という状態がたまにあります。意識しなくてもね」
「じゃ、そのときがチャンスですねえ」
「ただ、そのとき、ああ、これが意識しなくてもやってしまえる直感的な動きなのかと意識した瞬間、その術は無効になります」
「意識してしまい、それを狙ってしまうわけですね」
「狙わないのがいいのです。なのに狙わないということを狙うと、これは狙っていることになる」
「じゃ、何も考えず、さっとやってしまうのがいいのですね」
「なかなかそうはいきませんよ。大事なことではね」
「先生はそれを活かせていますか」
「え、何を」
「ですから、意識しないで、何でもいいやと思いながらやる術です」
「面倒臭いとき、やります」
「それは放置ですね」
「捨て身の技です。捨ててこそ浮かぶ瀬ありです」
「おおー怖わ」
 
   了


 


2019年9月3日

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