小説 川崎サイト

 

逢瀬の里


 篠崎は地域イベントでよく行っている町がある。そのイベントの常連のようになり、毎回招かれている。結構美味しい仕事なので、欠かさず行っている。
 イベント会場は町からかなり離れた場所にあり、自然が豊か。そこに大きな公園のようなものがある。自然の森公園に近く、何処までが公園なのか、普通の丘なのかが分からないほど。
 そのイベントの戻り道、町まで少し距離があるのだが、毎回気になっている道標がある。逢瀬の里と書かれており、白い道が延びている。周囲はまだ田畑があるので、さらにその先だろう。
 これは来るときもそうだ。毎回見ている。
 イベント会場までは町から車で送り迎えしてもらう。毎回乗る車が違うが、いずれもスタッフのもの。たまに市役所の公用車にも乗せてもらう。
 その日は自分の出番が終わったので、さっさと帰ることにした。いつもより早い時間帯で、これではイベントが終わるまで待てない。夕食代わりに打ち上げで食べて帰りたいところだが、夏の終わりがけとはいえ、まだまだ暑い。だから、さっさと町へ戻ることにしたのだが、ちょうど市役所の人が戻るところだったので、それに便乗した。町と会場は始終スタッフが往復しているので、足には困らない。
「逢瀬の里ってありますが」
「ああ、ありますなあ、看板が」
 市役所の人はかなり年寄りだ。これなら、よく知っているだろう」
「何でしょう」
「勝手に作ったのでしょ。個人が」
「でも看板があるところを見ると、何か観光用の」
「いや、そういうものはなかったと思いますよ」
「行かれましたか」
「田畑がありますねえ。山の際に出ます。農家が数軒あるだけで、それっきりです」
「じゃ、逢瀬の里とは、その集落のことですか」
「普通の農家ですよ。七戸ほどですかな」
「何かイベントのようなものは」
「あれば、うちでも宣伝しますよ」
「じゃ、ないと」
「はい」
「でも逢瀬の里って書いてあるのですから、何かそれにふさわしいものがあるのでしょ」
「看板だけで、中身がない物はいくらでもありますよ」
「逢瀬って、男女でしょ」
「そうですかな」
「またの逢瀬を楽しみに、などもありますから、客商売の何かがあるんじゃないですか」
「把握していません」
「じゃ、看板は」
「把握しております。そういうのがあることは」
「道標のようなものでしょ」
「でもあれは畑にあるでしょ。農地ですよ。道路上ではない」
「じゃ、案山子のようなものですね」
「そうです」
「その七戸、どんな人達が住んでいるのですか」
「普通の農家です」
「そうですね。周囲に田畑もありますし、そのまんまでしょうねえ」
「そうです」
「逢瀬の里か」
「寄ってみますか」
「そうですか」
「もうすぐでしょ。あの看板があるところは」
「はい、お忙しくなければ」
「いや、本当はイベントが終わるまで付き合うつもりだったのですが、面白くないので、サボっているのです」
「僕のもですか」
「いや、先生のはよかったです。毎回見てますよ。だから、先生のを見てから抜け出そうと思っていたのです」
「じゃ、行きましょう、逢瀬の里へ」
「了承しました」
 当然ながら、山の際に農家があるだけで、神社もなければ寺もない。年寄りが日影で立ち話をしている程度。
 市役所の車を見て、怪訝そうな顔をしている。どの家に用があるのかと」
 その前に車を止め、一応聞いてみた。
 すると、山田の息子の民宿らしい。ただ、そんな宿はない。あれば職員も把握しているだろう。
 それで先に看板というより、案内板だけを出したが、その後気が変わったのか、都会に出てしまい、そのまま放置したとか。
「しかし、逢瀬の里とは、どういう意味でしょうねえ」
 二人の老婆は歯茎を出して高笑いした。
 
   了



2019年9月10日

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