小説 川崎サイト

 

穴あります


 今日もまた今日がやってきたのだが、いつも今日ではない。特別な日ではなく、よくある今日だが、そのほうがよかったりする。昨日と同じようなことをすればいい。これは分かっているコースなので、プレッシャーもなく、安定している。
 だが、また今日も昨日のようなものかと思うと、少し退屈。今一つ面白味はないが、それなりの楽しみ方ができる。一寸した変化があり、小粒だが、こなしやすい楽しさだ。
「平和そうに暮らしているんだなあ」
「それに至るまでが大変だった」
「しかし、あまり豊かそうではないどころか貧乏そうだが」
「いやギリギリ大丈夫。贅沢さえいわなければね」
「ところで穴があるのだけど、入らないか」
「ああ、穴ねえ」
「たまにはいいじゃないか、穴に入るのも」
「いや、もう穴へは行かない」
「リスクが大きいからね。しかし、得られるものも大きい。段違いだ」
「そういう刺激的なのは、もういいから」
「この先にあるんだ。見付けたんだ」
「じゃ、新しい穴かい」
「そうだ。こういうのは偶然では見付からない。偶然を引き付けるものがないとね。それは常に心がけていること。穴がないものかと始終ね。だから、本来なら見落とすところを僕は見落とさなかった」
「どこだい」
「白崎三丁目」
「少し遠いよ。しかし番地までよく覚えていたね」
「三丁目から四丁目へ渡るところにあった」
「境目だね。穴が空きやすい場所だ」
「新穴だ」
「入ったの」
「少しだけね。しかし、これはまずいと思い、すぐに引き返し、ここに来たんだ」
「その報告だけで、来たの」
「伝えに来ただけじゃない。どうだい」
「え」
「行かないか」
「いや」
「一人じゃ危ないんだ。上級者向けの穴のようでね。チームを組まないと、一人じゃ無理だ」
「ちょっと入っただけで、そんなことが分かるの」
「長年の勘でね」
「それは危ない穴だよ」
「簡単じゃないところが刺激的だ」
「うーん」
「行かないか、一緒に」
「そうだなあ」
「危ないと思ったら引き返す。これは絶対に守る。だから、君が危ないと思ったところで、引き返す。危険な目に遭う手前でね。無理はしないから」
「分かった」
 これで、日常が崩れる。
 しかし、白崎三丁目と四丁目の境目を通過したが、それらしき穴はなかった。
 二人とも、ほっとしたとも、残念とも、どちらとも判断しかねる顔で、四丁目に入り、五丁目まで抜けた。
 
   了


2019年9月13日

小説 川崎サイト