小説 川崎サイト

 

悪いおなごのイナゴ


 実りの秋。稲穂も黄金色に輝き出す。色だけではなく、これは黄金、つまり「おうごん」のようなもの。お金と同じ。この黄金は大判や小判の色だろう。
「最近イナゴを見ますか」
「見ません」
「バッタは」
「小さいのはいるようですが、大きいのは見かけませんなあ」
「トノサマバッタのような」
「そうそう、電車内で大股開きで座っている状態がトノサマバッタのように見えます。邪魔なので、引き抜いてやろうかと」
「そういえバッタを捕るとき、なかなか稲から離れません。そのまま足を掴んで引っ張ると、足だけが抜けたりしましたねえ」
「それじゃ標本にならない」
「まあ、夏休みも終わっていますから、ただの虫取りですよ」
「買うわけですか」
「一応虫籠に入れてね」
「鈴虫なら良いですが、バッタなんて、鳴くんですか」
「鳴くまで待とうです」
「秀吉ですな。ところでイナゴはどうです」
「あれは群れを成していますよ。それには不思議と手を出しません。何か気持ち悪くて」
「まあ、普通のバッタは面長ですが、イナゴは違いますねえ」
「噛まれそうで」
「良いおなごのイナゴと悪いおなごのイナゴがいるのです」
「あ、そう」
「ほとんどが良いおなごのイナゴですが、たまに悪いおなごのイナゴがいるのです。これは悪魔の使いでしてね」
「ほう」
「そいつがイナゴの群れを操ると、怖いことになります」
「イナゴって、稲子と書きますねえ」
「稲の子とね。色が黄色いので似てます」
「それで、どんな悪魔の使いなんです」
「これはアフリカ系だと言われています。問題は羽ばたきです」
「ほう」
「それには一定のリズムがありまして、この音、実は言語なのです」
「言葉になっていると」
「まあ、ノコギリを楽器にして『お ま え は あ ほ か』と言っているに近いですが」
「そんな悪いおなごのイナゴに来られると、怖いですなあ」
「稲が枯れます。天候とは関係なくね」
「それは深刻だ」
「だから虫送りの行事をするのですよ」
「害虫駆除ですか」
「悪霊送り、悪霊流しのようなものです。疫病が流行らないように」
「しかし、最近イナゴなど見かけませんね。全部虫送りで、どっかへ行ったのでしょうか」
「まあ、それは言い伝えです」
「じゃ、案山子が呪術的なのはそのためですね」
「そうです。ただの鳥よけじゃありません。鳥害よりももっと怖い、イナゴ除けです。イナゴに効くのです。ただ一匹だけいる悪いおなごのイナゴにね」
「はい、胡散臭い話、有り難うございました」
「今年は悪いおなごのイナゴも出なかったようで、豊作でしょ」
「そうだといいのですが」
 
   了





2019年9月16日

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