小説 川崎サイト

 

重さを欲しがる


「少し重いものが欲しくなりましてね」
「ほう」
「軽いものばかりなので」
「軽快で楽でしょ」
「そうなんですがね。それで今はもう軽いものばかり、だから身軽になりました」
「それなのに」
「麩のように軽すぎて、頼りない」
「そこまで軽くないでしょ」
「中身がつまっていないような頼りなさ」
「それはただの重さだけの問題でしょ。中身の問題ではなく」
「重いと重々しい。これがまたよくなった」
「それじゃ、以前に戻るわけですか」
「いや、以前も結構軽々しかったのです。しかし今よりも重いですがね」
「それただの感覚の問題でしょ」
「いや重いと気持ちだけじゃなく、筋肉も使いますし、筋も使います」
「ほう」
「だから健康に良いのです。重い分、身体を使っています。運動していることになります」
「まあ、普段から力仕事が多い人は筋肉も凄いですね」
「筋肉だけならボディービルが手っ取り早い。力自慢するわけじゃないですからね。ただの運動です。まあ、自然と筋力はつきますが、それほど目立たない。また、力仕事をしている人は如何に力を入れないで仕事をするかのプロですよ。力みっぱなしじゃ持ちませんからね」
「で、何をされようとしているのですか」
「やっていることは普段と同じです。しかし高いけど軽い自転車」
「あれはロードスポーツものですよ。あなたがいつも乗っている。タイヤが糸のような」
「片手で、しかも指先で引っ張れます。筋力がいらない。するとどうですか」
「え、何がどうですかですか」
「だから運動量が足りない」
「だから疲れなくて良いのですよ。あれを買われたとき、あなた、これは楽だとおっしゃってた」
「それを普通のママチャリにする。変速機なしで。しかも鉄の重いやつを」
「そこに止めてある自転車、あれですね。誰のかと思ってました」
「ペダルが重い。持ち上げるにも力がいる。それが運動になる。だからスポーツ車ほどスポーツなどしていないことになります」
「いやいや、もの凄い坂や長い距離を走るわけですから、体力が必要ですよ。当然足腰や背中の筋肉も」
「そんなこと、いつします。子供二人を乗せたママさんの方が余程運動しています」
「走る日を決めてです」
「ところが、普段乗りの自転車なら、普段から鍛えられる」
「それを鍛えるとは言いませんがね」
「私はその前はバイクでした。それを自転車にしてから健康になりましたよ。やはり運動量が違う。その自転車も、今度は重いものにしたわけです」
「まあ、お好きにどうぞ」
「着るものも、化繊の軽いのじゃなく、大リーグ養成ギブスのような重いものを」
「バネを入れているわけですか」
「そこまで入れません」
「砂袋を足に巻いたり」
「だから、それは鍛えようとしているのが丸わかりじゃないですか。そうじゃなく、日常の中で自然と差がつくような」
「その発想は何処から得られたのですか」
「いや、逆なんです。さらなる軽さを求めているうちに、面倒になり、反対側に走っただけです」
「あなたの発想がお軽い」
「うむ」
 
   了



2019年9月17日

小説 川崎サイト