小説 川崎サイト

 

体感温度


「寒くなりましたなあ」
「急にねえ」
「この前まで暑くて暑くてたまらなかったのにね」
「涼しさを飛び越して、寒いですよ」
「秋抜きですなあ」
「いやいやまだ秋が始まったばかりで、夏も残っていますよ。半袖のシャツ一枚の人だってウロウロしているほどですよ」
「しかし、その中に混ざってジャンパーを羽織っている人もいるじゃないですか」
「個人により温度差があるのですよ」
「それは大事だ」
「いや、それほどのことじゃないですよ」
「この温度差というのが曲者だね」
「暑がりと寒がりがいるだけですよ。両方兼ね備えた人もいますがね」
「個人により受け止め方が違う。かなり幅がある。これが大事だといっておるのです」
「暑い寒いじゃなく?」
「その他一般に対しての温度差」
「はいはい。それはありますねえ。生まれ育ちも違うし、暮らしぶりも違うでしょうし、夢や希望も違うでしょうし、得手不得手も違うでしょうし、好みも様々」
「それです」
「それが何か」
「ああ、これもあたりまえのことでしたねえ」
「そうですよ。深く考えなくても、そういうものだとほとんどの人は体験しているはずですから」
「学ばなくても分かっているということですか」
「そうです」
「人それぞれ個性があるということですな」
「これもあたりまえのことでしょ。同じ人間は二人といない。だから既に誰だって分かっていることなので、言う必要もないでしょ」
「そうですな」
「むしろ力説するほうに裏を感じます」
「個性的な生き方などですか」
「そうです。そんなこと心得なくても、普通にしているだけでも個性的ですよ」
「そうですねえ。個体差があるので、それが反映しますものね」
「でも」
「何か」
「みんな似たような感じで、標準的な一般的な人が多いので、それに合わす必要はないという意味じゃないのですか」
「みんなで田植えをしていても、一人一人違いますよ。同じことをしているようでも、動きが違う。器用不器用の差は出る。早い遅いや、腰がすぐに痛くなるとか」
「でもやっていることは同じことでしょ」
「そう思っているだけですよ」
「そのへんになるとややこしいですねえ」
「個人の主張などなくてもいいのです。そんなことをわざわざ言わなくても、既にやっているのですよ」
「我の強い人を個性的といいますねえ」
「それは悪口でしょ」
「ユニークな人とかも」
「それも悪口です。褒めてはいない」
「そういうあなたも、妙な意見をいいますねえ」
「ああ、言い過ぎました」
「そうですね。黙っているほうが賢明です」
「しかし、今日のような涼しすぎる日は、冬服を着たいところです」
「できないでしょ」
「そうです。誰もまだ着てませんからね」
「ここに一般常識のラインがあるのですよ。そのラインを突破しても、大した価値はありませんよ。ただ、心では思っていたりしますがね」
「それで、この時期なら、この時期みんなが着ているものに合わすのですね」
「そうです。しかし気持ちは別です。スタイルは一緒でも中身が違う。個性とはそんなものですよ」
「分かりにくいユニークな話、どうも有り難うございました」
「貶しましたか」
「いえいえ」
 
   了


2019年9月24日

小説 川崎サイト