小説 川崎サイト

 

渋沢邸の一匹


 渋沢氏は古い家に住んでいる。先祖代々から住んでいる家ではないが、明治あたりからここに棲み着いている。その頃の先祖といっても結構近い。写真が残っており、仏間に一人一人飾られている。歴代横綱の写真のように。
 明治の頃はまだ武家屋敷のままだったが、戦後建て替えられた。当時とほぼ同じような造りだ。庭も広い。
 さて、こういう古い屋敷では出るものが出やすい。屋敷が建て替えられても、そこにいるものがいるのだろう。だから土地、場所に根ざした何者かだ。地霊といっても範囲が広い。有り難いものから、あくどいもの、悪戯好きの動物霊などもいる。しかし誰も見た者はいない。
 また、その家、その家族にずっと取り憑いているものもある。渋沢家に出るのは、実はこのタイプだろう。先祖が何か悪いことでもしたのだろうか。その恨みが消えずに残っているらしい。
 渋沢家の今の当主が、それを感じている。その父親や、そのお爺さんの代には出ていない。そんな話は聞いていない。ところがお爺さんのお父さんが、それを体験していたらしい。
 今の渋沢家の当主も年をとり、既に仕事関係は引退しているのだが、死ぬまでは当主。何代目かの。
 この渋沢家も、今の時代なので、大家族で住んでいるわけではない。子供は既に独立しており、長男は別のところに住んでいる。だから老夫婦だけの暮らし。孫や曾孫が書生のように住んでいたことがあるが、学校を卒業すると、出てしまった。
 だから二人で住むには広すぎるので、使っていない部屋のほうが多い。
 出るのはその部屋で、奥の離れへ続く廊下脇の二つの部屋のどちらかに妙なものがいるらしい。離れは渋沢氏が使っている。夏場など、ここは三面庭と面しているので、風通しがいい。冬場は寒いが、書斎として使っている。
 だから、母屋と離れの間の廊下脇の二部屋は使っていないが、その前は始終通っている。
 この屋敷には二階はない。
 ということを長々と渋沢氏は語った。聞いているのは妖怪博士。
「それで何が出るのですかな。肝心要のところをまだお話しされていませんが」
「前置きが長くなりました。離れへ出る廊下際に並んでいる二つの部屋が」
「それは聞きました。それで何が出たのですかな」
「それが」
「はい」
「分かりません」
「あ、そう。あ、そう」
「気配といいますか」
「それがすると」
「しかし何か見えそうで、見えないような。はっきりしないのですが、しかし何者かがいるのです」
「その二つの部屋のどちらですかな」
「両方です」
「では、そのややこしいものは複数」
「いえ、一匹だと思います」
「一匹」
「はい」
「一匹ですか」
「それが何か」
「一人でもなく、一つでもなく、一羽でもなく、一体でもなく、一匹」
「はい」
「じゃ、犬や猫のような大きさですか」
「そうです。だから妖怪だと思いまして、博士の所へ」
「一匹」
「はい」
「そこはまでは分かるのですな」
「そうです。それぐらいのものがいるような」
「でも、見てはおられない」
「そうです」
 渋沢氏は先祖から伝わる話をした。
「でもお父さんもお爺さんも見ておられないのでしょ」
「そうです」
「どうしてでしょう」
「きっと私の霊感が強いので」
「あ、そう」
「どうすればいいのでしょう」
「分かりました」
「方法はありますか」
 いつもなら適当な御札を出して誤魔化すところだが、今回は違っていた。別の手を提案した。
「開け放って電気を付けっぱなしにするのですか」
「そうです」
「それだけでいいのですか」
「さらにその廊下の電気も忘れずに」
「薄暗いです」
「じゃ、廊下脇にグリップ式のLEDライトを取り付けて、廊下を明るくしなさい」
「あ、はい。分かりました」
 その後、ややこしいものは出なくなったらしい。
 
   了


2019年9月26日

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