小説 川崎サイト

 

秘境サイト


「落ち着けるものがいいですねえ」
「それは物事が落ち着かないと、落ち着けないでしょ」
「そうですねえ。しかし、落ち着いたものが好きです」
「それも結果的に落ち着いたので、落ち着けるのじゃありませんか」
「結果ですか」
「辿り着いたとき。目的を果たした地点。そこが落ち着き先ということでしょ。何もしてないのに落ち着きだけを求めるのはどうかと思いますよ」
「いや、世の中、次から次で、落ち着いたと思っても、また色々と起こりますからねえ」
「そしてまたそれが解決するなりして、落ち着けるわけです」
「でも着いた瞬間、また立たないといけないようなのでは落ち着きがありませんねえ」
「それが世の中ですよ」
「まあ、それはそれとして、私が思っているのは、落ち着いた雰囲気のものが好きだという程度です。何も事を起こしたり、解決したりして得る落ち着きではなく」
「なるほど、趣向の問題でしたか」
「そうです。好みの問題です。しかし、これは必要なんです。そういう落ち着ける場所が」
「場所」
「はい」
「場所」
「そうです。場のようなものです」
「たとえば?」
「私はネットを見るのですが」
「落ち着けないでしょ。色々と騒がしそうで」
「いえ、個人が作られたホームページが好きなんです」
「ほう」
「もう更新も止まっていますがね。だから動きはありません。新しい記事とか情報とか。しかし、そういう止まったものを見ているとほっとするのです。絶対に更新されませんからね。動きません。それがいいのです」
「でも役立つ情報が得られないわけでしょ」
「もう何度も何度も同じものを見ていますので」
「それじゃ、そこは学び所のようなもので、名著のようなものですか。何度も何度も読み返すような」
「いえ、テキストもありますが、見ているのは絵とか写真です。それとか告示のようなもの。何かイベントがあったのでしょうねえ。何年も前のものですから、情報としては死んでいます」
「そんなのを見て役に立つのですか」
「私には必要なのです。誰も知らない、誰も触らない、弄らない、話題にならない、そういった場所は隠れ家のようなものでしてね。静かで落ち着いていて憩えるのです。下手な芸など見るよりもね」
「それでは時代の流れというか、そういったものを得にくいのではありませんか」
「そんなものは期待していません。むしろ、ないほうがいいのです。そしてあるべきものがいつもあり、変化しない。たまにしか入らないリンク先を覗いたとき、ああ、これを見るのは久しぶりだと、新鮮に感じることもあります。しかし、既に分かっていることですがね」
「私にもそういった隠れ里のようなサイトを教えてください」
「探せばいくらでも見付かりますよ。廃墟、廃屋巡りです。何処とも繋がっていない離島、孤島サイトもありますよ」
「ほう」
「これが必要なのは落ち着ける場所が必要だからです」
「分かるような分からないような話ですが、まあ、消極的な話ですねえ」
「既に終わったもの。これは落ち着けますよ」
「なるほど」
「ところがです。死んでいるはずのそのホームページ、更新があったのです。まだ生きていたんだ。このときはびっくりしました」
「ほう」
「だから、変化が全くなく、完全には終わっていないわけです」
「そういう廃墟サイト、アクセスなんて無いでしょ」
「いえ、カウンターが付いてましね。それは私が動かしているのでしょう。一日数回見に行きますから、その回数分増えていますが、色々な人が偶然検索などで引っかけて、偶然開くこともあるようなので、決して私だけの数字ではありません。他にもいるのです。見に来る人が」
「秘境ですなあ」
「だから、落ち着くのです」
 
   了

  


2019年9月30日

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